weekly business SAPIO 2000/4/13号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《「浅ましい質問」「閉鎖的談合体質」「情報操作」……日本のマスコミは自分の国を弱体化させたいのか?》


日本滞在最後の5日間は、私のようになるべく政治の外側にいることを心がけている者でも、引っ掻き回されてしまった。小渕前首相が病で倒れ、入院したというニュースが4月3日に私の耳にも飛び込んできたからである。さっそく首相官邸に電話を入れ、「小渕首相に頑張って、病気を克服してください」との伝言を秘書官に伝えてもらうことにした。
実は小渕首相とは、ブッチホーンならぬブッチメールを頂いたのがきっかけで、このところ懇意だったのだ。その小渕首相には乞われてドイツおよびヨーロッパの情報を定期的にお届けしていた。緊急入院3日前にはドイツ情報の何部か、直接首相官邸へ出掛けて小渕首相に届けたし、電話では教育問題に触れ、「いろいろ、協力してほしい」との要請を受けたこともあって、「お役に立てれば」とお約束していた。
 その後あるルートを通じ、小渕首相の病状を知ることが出来た段階では、これから先は私の出番でないと思い、さっと引いてしまった。

 その間に官邸では慌しい動きがあった模様で、5日には森新内閣が発足している。一国の首相の大事ということもあって一刻なりとも空白は許さぬというムードだったというが、それを理由にして権力の交代を図るその冷酷さ、非情さを目の当りにして、「ついていけないな」と思ってしまったのも事実である。
 そもそも小渕前首相の今回の事故は、余りにも過密な激務スケジュールが原因だと私は思っている。夜打ち朝駈けの首相詰め記者の24時間監視にあって、休養さえろくに取れないという。これではいかな首相といえど、体力を消耗し、命を縮めるのは無理もない。せっかく首相という地位に就いても、こう殺人的な激務に追いたてられては、国のためのいいアイデアなど生まれる余地はない。一国の首長であるからには、時には、健康チェックも必要なのである。

 それなのに、その後のマスコミ論調を見ると、その一国の総理の病院での健康チェックさえも許さない発言がまかり通っている。
 例えば5日の22時48分〜23時20分に行なわれた宮沢大蔵大臣初閣議後の記者会見がそうで、ある記者は(どこの新聞記者が質問したかは明らかにされていない)、海外のメデイアを引き合いに出して(海外を"だし"にすれば、利くと思って質問するところが浅ましい)、「総理が入院してからその情報が閣僚やもしくは国民に伝えられるまでの時間が非常に空きすぎているのではないか」という愚問を行なっている。
 記者たちはこうした意地悪な質問によって「有事における不備」を指摘しようというのだろうが、それならなぜ、一刻も早く憲法改正を履行し有事に関する「法」を整備しないのか。実に矛盾した質問というしかない。

 さすが、これに対し、宮沢蔵相は「週末の政府高官や大統領が入院するということはよくあること。入院が軽い病気だったり、またそうでないケースもある。今回のケースは週末に体の不調を訴えての入院だから、ただちに公表するほどの出来事ではない。そう判断したとすれば、そこにミスがあったとは思えない。故意に隠したわけではなくどこの国でもあることだ」と反論している。正解だろう。
 一国の首相とて人の子。その彼らの病院での健康検査や治療の機会を奪う権利はどこにもないからである。 むしろそういう立場にある人物だからこそ、ときには病院における検査が必要なのだし、加減が悪ければいの一番に病院へ駆けつけ、適切なチェックを受け治療を施す。一国の首長だからこそ、健康には大事を取り、正々堂々と病院へ足を運ぶことが必要で、何も首相番記者にその権利を奪われる理由などないはずだ。

 今回のこの一件はドイツのマスコミでも大々的に報道されたが、その論調は、「日本では政治家の病気はタブーで、秘密にするという妙な習慣がある」と指摘している。
 ドイツでは、夏になると首相といえど、3週間のバカンスを取って、命の洗濯をする習慣があり、具合が悪いときは、記者の目名と気にしないで、堂々と病院を訪れ、診察を受けている。その点ではドイツの政治家のプライバシーはしっかりと守られているといっていい。

 それはさておき、その小渕首相といえば、ことのほか教育問題に熱心で、3月24日には、「教育改革国民会議」を立ち上げ、「国民会議」の有識者25人によるメンバーを公表している。そして、27日には首相官邸にて第1回目の会議を開催している。その後、町村総理補佐官とこの会議の座長を務める江崎玲於奈氏による記者会見が行なわれ、「国民会議」の模様が報告された。
 今回はこの記者会見での印象を記述してみようと思う。

1. 前評判が派手だったせいで期待が大きすぎたのかもしれないが、町村・江崎両氏ともに、これといった斬新さが感じられず、正直いって失望した。「国民会議」第1回目でもあり、不慣れな面もあったのかもしれない。しかしこういう会議の立ち上げというのは、最初が肝心である。なのに座長を務める江崎氏の記者会見は、その過去の華やかな業績の割りにはシャープさに欠け、主旨も論調も不明瞭で、なぜこの人が座長を引きうけたのか、首を傾げてしまった。単なる名誉職なのだろうか。外国生活が長く、優れた業績を残し、国際的な活動で場数を踏んでいるというが、それだけでは、戦後半世紀を経て曲がり角にきている日本の教育制度改革の大胆な旗振り役は務まるものではない。

2. 有識者25人の人選にも疑問点が残る。一応満遍なくバランスにも考慮して、各界から選出されているものの、曽野綾子氏などほんの数人を除いて、あとは常識的な有識者ばかりで、これでは大胆な教育改革などあり得まい。しかも構成メンバー25人は多すぎる。その多すぎる有識者たちが、それぞれ教育に対し立派な提言を述べるのはいいとして、ではこれらの意見をどうまとめ、そして今後どのように活用し実行していくのか(中でぜひ実施してほしいのは曽野綾子氏の提案「18歳直後の男女青年による社会奉仕義務付け」ぐらいで、後はほとんど抽象論に終止している)。これでは「船頭多くして船山に上る」だ。
 1年後にこの結果はまとめられ公表されるというが、結果はすでに"出ている"ような気がしてならなかった。

3. 日本の戦後教育で、もっとも大きな役割を果たしてきたのは、夫を企業戦士として職場に送り出し、家庭でこどもを育てた主婦である。そういう意味では教育の現場にもっとも密接に接触してきたのは女性といっていい。にもかかわらず、この有識者メンバー中、女性は5人にすぎない。女性の意見が反映されない女性不在の「国民会議」で、一体真の教育改革などあり得るのだろうか。

 だとすれば、この会議は一体何のために創設されたのだろうか。

 4月1〜3日(1日と2日は東京、3日は沖縄にて開催)にはG-7の教育大臣出席のもと、「教育フオーラム」が行なわれた。初日、その「教育フオーラム」の様子をみようと会場となった「東京国立博物館」内の平成館へ足を運んだ。
 そこで、ある顔見知りのフランス人ジャーナリストとばったり顔を合わせたので、これら一連の教育関係の動きについて感想を求めて見たところ、次のような答えが返ってきた。「ああ、『教育改革国民会議』ですか。小渕首相のお飾りにすぎないのではありませんか。それとも今回G-7による『教育フオーラム』もあることだし、そのために何もないというのでは体裁が悪い。 だから目に見える形で何か整えておこうと、早々に作ったある種の"クラブ"ではないですかね。ほんの一部の識者を除いて、あとはみな茶坊主みたいで、真剣に教育改革に取り組むメンバーって感じではないもの」
 こうした意見だが、何も外国人だけではない。日本人の中にもこれと似たり寄ったりの意見を述べる人が少なくなかったことも付け加えておこうと思う。

 さて、この「教育改革国民会議」と「教育フオーラム」といえば、日本の記者クラブの
よそものに対する扱いの冷淡なこと。
 先週の「weekly business SAPIO」で皆さんとお約束したので、少し長くなるが、この一件について、そのいきさつをレポートしておこうと思う。

 そもそも、部外者の私が、今回なぜ、日本の記者クラブでももっとも閉鎖的といわれる首相官邸記者クラブに潜り込むことができたのか。ほかでもない小渕首相とその小渕首相の優れたブレーンの一人副広報担当官の裁量によるもので、普通はなかなかこの首相官邸記者会見には出席を許されないのだという。
 なぜかというと、日本には「記者クラブ」があって、部外ジャーナリストの立ち入りを極度に制限しているからだ。しかもそのハードルの高さといったら、サミット加盟国中、トップである。

 ついでに記述しておくと、こう見えても当方(つまり私)、ドイツ政府公認のドイツプレス証と「このプレス証持参のジャーナリストによる取材はいかなる者も拒否できない」というお墨付きの「国際プレス証」を取得している者である。当然日本の記者会見もヨーロッパと同様、フリーパスと思い込んでいた。
 ところがさにあらん、日本では「記者クラブ」なる厚い「壁」があって、会員以外は部外者扱いで、仲間に入れてくれない。

 実は昨年のシュレーダー訪日の時がそうで、このときは「日本の記者クラブに登録されていなければダメです」と最初の段階でシャットアウトされ、門前払いを食わされてしまった。こうなっては意地である。あちらこちら電話を掛けまくって抗議したところ、とうとう、「記者会見出席はオーケー」と相なった。ただし「質問は控えろ」である。当日会場の受付で再度口止めされてしまった。
 こんな不条理はことはないと、偶然会場で日本滞在30年のドイツ人記者ヒルシャー氏とばったり顔を合わせたので、その話をしたところ、「そんなことはないと思いますよ。あなたはドイツのプレス証を持っているのですから、堂々と質問して下さい」という。よほど質問しようかと思ったが、約束は約束である。おとなしく引き下がることにした。

 こうした苦い経験のあとだったから、今回はちょっぴり要領のよさを発揮して、小渕首相の「顔」を拝借して記者会見に臨んだのだ。
 ところが、この首相官邸記者会見に出席して二度びっくりした。まず外国人ジャーナリストの姿が見えない。外人ジャーナリストも記者クラブに登録していれば、記者会見に出席できるらしいが、彼らによると、「あの異様な日本人記者だけで固め切ったムードには、ついていけない」ので、敬遠しているという。
 しかも、あろうことか、この記者会見、たいていはあらかじめ質問者も質問の内容も記者たちの談合で決まっていて、記者クラブに所属しているからといって自由に質問できない仕組みになっているのだ。部外者の私の質問なんてトンデモはっぷんということらしい。
 中には異議を申し立てた新聞記者もいて、その記者に代わって私が直接町村総理補佐官に対しインタビューを申し込む話もあったが、深夜になって急に取り消しの電話がホテルに入って立ち消えになってしまった。

「教育サミット」の記者会見も似たり寄ったり。参加申し込みのために管轄の文部省広報課に問い合わせたところ、これがまた要領を得ない。さんざんたらい回しにされた挙句、最後にたどりついたのが、「教育サミットの件はすべて外国人特派員協会に一任しています。そこで問い合わせてください」である。
 こういうことではめったにキレない私もさすがに「文部省って、電話をたらい回しにするのが職業ですか」と思わず嫌味の一つも言いたくなってしまった。
 アメリカのプレス事情については知らないが、少なくとも欧州共同体やドイツのプレスでこんな話は聞いたことがない。
 日本にある外国人特派員協会ですら開放的で、ここでは「ゲスト」として登録していさえすれば協会の出入りは自由で、記者会見の質問に制限などないのに。

 更に日本マスコミの不可思議な点を挙げるとすれば、それは「恒常的防衛庁イジメ」であろう。
 つい最近も、既に5〜6年も前に起こった「陸上自衛隊幹部違法射撃事件」をほじくり出してニュースで流していたが、こうした「防衛庁・自衛隊イジメ」が多々見受けられる。
どうもこのウラには、目に見えない形で日本の弱体化に手を貸している国際的な力が働いているような気がしてならない。そのうす気味悪い勢力に日本のマスコミは上手く乗せられているとでもいうか。
 こんな風だから日本のマスコミ記事は横並びで面白くないのだ。しかもそのマスコミ同士の規制や情報操作たるや、想像以上のものがあるのだ。
 あの阪神大震災もそうで、ここでもマスコミは自衛隊を無視し差別することで情報操作を行なっている。

 以下は、元自衛隊幹部日高久萬男氏から戴いた手紙の一部である。紹介しておこう。
「もともと日本の報道は自衛隊をオモテ舞台に出したくないと考えている。古くは伊豆大島噴火の際、島民救済に赴いた五十隻近い海上自衛隊の救援部隊を撮影せず、二ないし三隻の海上保安庁の船を撮影続けた姿勢がそうであるし、阪神大震災でも多くの実例がある。カメラを少し振るか引くだけでも元町港沖に壮大に展開する救援部隊の姿が視聴者に伝わるのに、どのチャンネルも判で押したような立ち上がる火災の煙のみを遠景で映して垂れ流している。
 その原因を述べれば多くあり記せば長くなる。いずれにしても無視して伝えない。伝えても脚色があり都合のいいところだけ伝え、結果的に視聴者、あるいは特定の外国への迎合となっている。
 先の大戦に至る過程で、国民を誤らせた責任の一端は報道にあり、軍事関係の報道がこのような状態では、次の日本の行くべき道も誤らせてしまうと考えざるを得ない」。

 日本のマスコミにとっては耳の痛い話であろう。

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