weekly business SAPIO 2000/4/27号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《「唯一の金づる」日本を狙うプーチンの巧妙な外交に森新総理は対応できるのか》


先ずは、「weekly business SAPIO」4月13日号に関して多大の反響があり、たくさんのメールやお電話を頂いた(中には第1線で活躍する記者からも同意のメールが入ってきた)ことにお礼を申し上げたい。極めて「非常識」な日本の報道システムについて、私のみならず他にも批判的な見解を示している人が少なからず日本におられることを知って気を強くした。その一例として、軍事評論家・郷田豊氏からフアックスで送られてきた元警察官僚で現在帝京大学教授・宮崎貞至氏の一文を、一部抜粋して紹介しておこうと思う。

 氏は、「寡占的な報道界にとって、現行の排他的な記者クラブ制は、極めて居心地のよいギルドである。週刊誌、ケーブルテレビ等の新参者を排除できるばかりでなく、クラブの部屋代、電話代も納税者に肩代わりさせることができる。逆に、官公庁は、その見返りとして、特段の談合破りがない限り、不利な情報は流されないものと期待することができる。
 記者クラブという、共産圏以外は例を見ないわが国独自のギルドはこうして、報道記者の官公庁発表に依存する体質を強め、現地に駈けつけて特ダネを拾いウラを取るという習慣を忘れさせてしまったのである。新潟県警の粉飾発表はそれをウノミにした各社を怒らせたが、公式発表のウラをとって確認するというのは、報道記者の初歩的な心得ではなかったのだろうか。
 わが国の報道システムは、行政システムと同じように、いよいよ制度疲労を呈してきたように思われる。記者クラブを廃止し、官公庁とは、もたれあいでなく、もっとビジネスライクな関係を回復すること」と指摘され、その上で、「わが国も『報道の質を向上させるための調査会』を、国会と行政府に設けるべき時期がきている」と主張しておられる。

 まったく同感である。
 特に、平気でストーカー的行為によるプライバシー侵害に走る余り、政治や経済の本質を抜きにしそれを見誤る報道は見苦しく、ときとして日本の国際的評価を落としかねない。そのことを記者はとくと自覚すべきであろう。
 つい最近では森首相が起床・就寝時間の公表を記者団に伝えることを拒否し、医師団が家族の心情に配慮して小渕前首相の病状の公表を控えているというが、当然のことである。これらはあくまでもプライベートな事柄であり、政治の本質とは何ら関係がないことだ。

 では、いったいドイツのマスコミはこの辺についてどう対処しているのか、ご紹介しておこう。ドイツの報道モラルは、節度をわきまえていて実にスマートである。
 例えば公人の愛人関係一つ取ってみても、それがマスコミ界では周知の事実であることでも、決してスキャンダラスに報道しようとしない。シュレーダー首相やフイッシャー外相が4人もの妻を取りかえることが可能だったのは、「たとえ公人であろうと、プライベートな一面は尊重すべきである」とする報道姿勢がドイツのマスコミに生きていて、公私を峻別しているからである。
 だが、どうも日本のマスコミ界はその辺が曖昧で、公私混同には無神経であり、気配りが不足している。今一つ大人になりきれていない。

 さてここから本題に入る。
 4月20日午前の青木官房長官の記者会見によると、森首相は4月28日から5月6日までの日程で、7月の主要国首脳会談(沖縄サミット)に参加する7か国を歴訪する日程を組んでいるという。取っ付きは4月29日にロシアのプ−チン次期大統領との会談を予定し、5月5日にワシントン入りしてクリントン大統領との会談に臨んで締めくくる。
 そのうち特に難関となるのはロシア外交である。この国が一筋縄でいかない、煮ても焼いても食えない国だからだ。
 それを見越してか、日本側では森首相とプーチン次期大統領との会談前に、あらかじめ4月20日、エリツインと面識のある橋本元首相を一足先にロシアへ送り込み、
がすでにエリツインからプーチンに引き継がれてしまった現在、どこまでエリツイン・橋本会談の意向がプーチンに伝わるものなのかは甚だ疑問だ。

 ただ一つエリツイン・プーチン両者間ではっきりしていることは、「いかにして日本から、多額のカネを引き出そうか」という一点については一致していることだ。しかもそのロシアのホンネに暗黙のうちに同意しゴーサインを出しているのは西側諸国で、とくにイギリスとアメリカが熱心だといわれている。

 早速プーチンは、5月7日に正式に大統領に就任するのを前に、西側に対するリップサービスといわんばかりに、米ロ第二次戦略兵器削減条約(START2)の議会批准を成立させ、ついで包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准可能性をほのめかせた。
 その上で、4月17日、ロンドンへ飛びブレア首相と会談している。プーチンとイギリスとの関係は、ソ連解体直後、故郷サンクト・ペテルブルグで市長に選出された恩師サブチャークに取り立てられ、プーチンが顧問に就任した直後、サッチャーと懇意になって以来のもの。今回はそのサッチャーに代って新しくブレア首相との親交を温めたようとしたわけだ。そういう意味では、エリツイン・コール外交で築き上げた独ロ関係は、今やプーチンの英国優先外交に取って代わられようとしているといえる。

 プーチンは、なぜドイツに対し一定の距離を置き、イギリスに接近しようとしているのだろうか。その理由をおもいつくままに記述してみる。

1. プーチンは1985年から90年まで、東ドイツでKGBのスパイとして暗躍しており、そのためにドイツ諜報機関によって彼の一挙手一投足、その行動がキャッチされ弱みを握られている。その上、ロシアにとってドイツは西側中、最多債務国である。それだけに、ロシアに対する監視の目は厳しく、ごまかしが利かない。プーチンにとっては苦手な相手で、できるなら素通りしたい国である。

2. 財政困難に陥っているロシアにとって、次の金づるは日本と睨んでいる。戦後その日本が常に鑑としてきたのはドイツではなく英国である。その英国はというと、目下、日本が戦後共にしてきたアメリカと最も密接な関係にある。プーチンは、この英国を通してロシアの意向をアメリカに伝えてほしいと願っている。何しろ今プーチンが狙いを定めている日本ときたらアメリカの言うなりだからだ。

 そのプーチンが苦手とするドイツでは、こうした一連のプーチン外交について、次のような点を指摘し、実にクールにロシアの未来は暗いと分析している。日本にとって参考になると思うので、今一度大雑把に復習しておく。

1. コソボ紛争でNATOの優れた先端兵器を目の当りにしたロシアは、NATOには勝ち目がないと判断し、観念してしまった。つまりロシア軍需産業の劣勢を西側にさらけ出してしまった。

2. 91年12月、ソ連解体と同時に創設されたロシアを中心とした独立国家共同体(CIS)を、ロシアは財政難から面倒が見切れなくなり、見捨て掛けている。

3. 天然ガスとオイルの宝庫といわれたカスピ海付近は、チェチェン紛争の不手際からイスラム教過激テロ集団の手に落ち、ロシアの手に負えなくなってしまった。

4. ただでさえ財政難に陥ってるというのに、チェチェン紛争に手をつけ、その債務をさらに殖やしてしまった。

5. ロシア経済の半分は「ヤミ経済」であり、とくに大半の銀行がマフイアの配下にあって、白昼堂々と犯罪行為が行なわれている。

6. 上は大物政治家、高級官吏から、下は岡っぴき下級官吏に至るまで汚職にまみれている。その一方で、真面目な給料生活者の給料遅滞は日常茶飯事である。

 というわけで、ドイツのマスコミは「現時点でのロシアは国という体制などなく、まるで闘牛場みたいなもの。プーチンにとっての課題は、西からカネを引き出すのに血眼になる以前に、この混乱した国を立て直すことが先決である」と批判している。

 しかもプーチンにとって都合の悪いことに、頼みの綱である「國際通貨基金」の専務理事は、今期からドイツ人であるケーラーが務めることになった。財政にシビアなドイツ人がトップに就いたのである。これまでのように簡単にカネを引き出すことは不可能になってしまった。

 となると残る唯一の金づるは日本である。では、日本からカネを絞りとるために、プーチンはどういう手段に出るか。
 北方領土問題という日本の重要問題をカードに、

1. シベリアに眠っている天然ガスを含む豊富な天然資源開発について日本に協力を求める。

2. いずれ日本でも大きな社会問題になるはずの原発廃棄物=原発ごみ処理で、ロシアがその引き取りを申し出る(聞くところによると、エリツイン前大統領と橋本元首相が会談を行なったクラスノヤルスクには、囚人や強制労働者によって冷戦中に作られた原発廃棄物貯蔵用の広大な秘密地下壕があり、廃棄物引き取りを商売に、法外な価格を突き付けているとのこと)。

 いずれにしろ、日本との交渉については、すでにプーチンの頭の中に、巧妙な交渉プログラムがインプットされているに違いない。
 そのプーチン外交で初舞台を踏む森新総理。ここは一つ用意周到かつ慎重に交渉に臨んでもらいたいものである。

--------------------------------------------------------------------------
発行 小学館
Copyright(C), 2000 Shogakukan.
All rights reserved.
weekly business SAPIO に掲載された記事を許可なく転載することを禁じます。
------------------------------------------------- weekly business SAPIO --

戻る