weekly business SAPIO 2000/6/15号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《綻びかけた独仏関係を修復しEUの結束を強めた「ドイツ外交」に注目すべし》


先週は地球儀サイドから眺望して実に記念すべき1週間だった。一つ目は、13・14日、55年ぶりに朝鮮半島の南北首脳会談が北朝鮮の平譲で開催され、朝鮮半島統一の兆しがみえてきたこと。二つ目は、13日、中東でイスラエルにもっとも厳しく対峙してきたシリアのアサド大統領が逝去、その葬儀が行なわれたこと。そして三つ目は、「ベルリンの壁」構築でもろにその被害を受け寂れ切っていたベルリンの心臓「ポツダム広場」が見事に息を吹き返し、14日、復興のシンボル「ソニーセンター」のオープニング・セレモニーが盛大に挙行されたことだ。

 いずれも冷戦が生んだ落とし子で、とりわけ「ベルリンの壁」に至っては、この壁の崩壊が引き金となって、世界は大きく揺れ動き地殻変動を来した。その象徴的な出来事として歴史に刻み付けられたのがソ連の解体である。

 あれから10年近くの月日が経った。新しく看板を塗り替えたロシアでは、形だけでも民主化が進み、初代大統領にはエリツンを、さらに今年3月の大統領選挙で当選したプーチンが、5月8日に、正式に新生ロシア第二代大統領に就任した。

 そのプーチン大統領は先週15・16日の両日、大統領就任後初のドイツ訪問を果たした。ロシアにとって最大の債権国であるドイツへの訪問は、本来ならば大統領就任後、真っ先に果たさなければならぬ所だったが、実際はイギリスやスペイン、イタリアよりも後回しになってしまった。その背景には、ドイツにとってロシアは招かざる客であり、ゆえに、これまでシュレーダー首相はプーチンに対し一定の距離を置いてきたという事情がある。
 シュレーダー首相がプーチン大統領を敬遠する主な理由は2つある。

 一つは、プーチンという人物への嫌悪。
 プーチンはかつて5年にわたって、東ドイツのドレスデンにて、ソ連秘密警察の秘密工作員=スパイとして暗躍していたが、その際の主な任務は、反ドイツ統一工作に携わり、ドイツ統一を妨害することであった。その時期、プーチンが急速にイギリスのサッチャー首相(当時)と接近し親交を温めた理由はほかでもない。西側ではただ一人、サッチャーだけが強硬なドイツ統一反対を唱え旗振りを行なっていたからだ。
 プーチンはドイツ統一妨害工作が失敗に終わると同時に、早々にふるさとペータースブルグに引き揚げ、東ドイツでの反ドイツ統一妨害工作=スパイ活動で培ったイギリス要人との人脈(カスピ海の油田利害も含めて)をフルに活用し、着々と政治家としての基盤を築いている。その後エリツイン前大統領に目をつけられ、チェチェン紛争解決の最高責任者に命じられたプーチンは、この手柄により、首相、さらにはエリツインの後継者として大統領候補に立つことになった。その大統領選でチェチェン紛争が利用されたのはいうまでもない。つまりプーチンはチェチェン民衆を犠牲にした上、その生き血を吸って大統領の階段を登り詰めたのだ(一部ドイツのテレビでは、プーチンを迎えるに当たって「もしプーチンが大統領でなくて、ドイツに入国してきたならば、官憲は逮捕状を付きつけたかもしれない」とまでコメントしていた)。

 もう一つは、ロシアの煮ても焼いても食えない狡猾さ。
 コール前首相とエリツイン前大統領によるサウナ外交で、行け行けドンドンと、ドイツ企業はロシアに進出し投資拡大を促進させたものの、税制や刑法の不整備とソ連から新生ロシア移行における過渡期の混乱で、役人の汚職やロシアマフイアの手に掛かり、進出企業の約8割が大なり小なり損害を受けてしまった。その上、ドイツがソ連解体直後、ロシアに貸し付けた金額は660億ドル、コールがスポンサーとなって拠出した1996年のエリツイン大統領再選用選挙資金は40億ドル。これらの支援金はいずれも使途不明になってしまった。
 1991年以来、国際通貨基金(IMF)など国際機関を通して行なったロシア政府への支援金のうち約2500億ドル、1999年だけでも150億〜250億ドルがヤミルートにより密かに海外に持ち出され、秘密口座に預けられており、しかもこ
れらの不正資金の運用にはアメリカやイギリスの金融界が直接間接的に関与している(ドイツの新聞には、「ロシアに甘い顔をするな」とか「ロシアには一円のカネも出すな」という見出しが目に付いた)。
 つまりロシアはドイツにとってさんざん迷惑を蒙った国なのである。当然ドイツはロシアとは関わりたくないと思っている。

 ではなぜ今回、そういう思いにも関わらず、シュレーダー首相はプーチン大統領の訪問にゴーサインを出したのか。それには次のような理由が挙がっている。

1. ドイツ並びに欧州共同体(EU)がアメリカの推進する米本土ミサイル防衛システム(NMD)配備計画について、「軍拡に繋がる」として不同意を表明したのに対し、今回ロシアも歩調を合わせてくれた。

2. 今回の訪独では、プーチン大統領自ら積極的にドイツ語を話し、同時に経済相にドイツ系ロシア人であるグレーフを起用するなど、これまでになく腰を低くしてドイツのご機嫌を取り、丁重で気配りが利いていた。

3. しかも訪独前、グレーフ経済相はモスクアにてロシア進出ドイツ企業関係者を招待し、ロシアにおける具体的な市場経済への移行と金融並びに税制改革への積極的な取り組みを説明した。同時にロシア国営1万3000企業中、1万企業は民営化を進め、国内のみならず外国企業にも払い下げると発表し、ドイツ企業のロシア誘致に懸命になっていた。

4. ドイツ側にもロシアを必要とする理由があった。実はプーチン一行のベルリン滞在中に、ドイツ政府は2020年をメドに原発全廃に踏み切ったのだが、その原発全廃に代わるエネルギーを、世界一の産出量を誇るロシアの天然ガス供給に依存しようというのだ。事実すでに昨年3月31日にはロシア最大の天然ガス開発会社ガスプロ−ム社とドイツの化学コンツエルンBASFがロシアにおける石油と天然ガスの共同採掘契約を結び、西シベリアにおける開発に着手している。しかもドイツで消費される天然ガスの30%以上をすでにガスプローム社が供給している。

 というわけで、どうもドイツはこれまでロシアによって痛い目に遭わされた分を、脱原発を契機に、この天然ガス取引によって相殺するつもりでいるらしい。

 ところでそのプーチン大統領は、アジアの安定に積極的に関与しようと、7月の沖縄サミット前に北朝鮮訪問を予定している。2国間交渉としての訪日は、それよりもずっと後、9月初めになるという。さて日本政府はいったいどのようにプーチン大統領に対応するのだろうか。楽しみである。

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