weekly business SAPIO 2000/7/27号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《IT革命には、ドイツが実施する「外国人技術者大量受け入れ」のような大胆な政策が必要だ》


 ヨーロッパでは7月も半ばになると、それまでどんなに多忙な日々を送っていた者でも、何となく仕事が手につかなくなって、そわそわし始める。夏のバカンスが気になって仕方がないのだ。特に責任ある地位にある者ほど、日ごろの仕事が多忙を極めているだけに、バカンスへの期待は大きい。大仕事は出来るだけバカンス前に片づけて、ゆっくりと3週間ほど誰にも煩わされることなく命の洗濯をし、充電しようと考える。

 ここドイツでも、毎日秒刻みで重要外交問題をこなしてきたシュレーダー首相が、昨年フイッシャ−外相、シャーピング国防相のトリオでコソボ紛争を解決して見せたのに続き、今年はアイヘル蔵相、フイッシャー外相のトリオで、以下の難題をみごとにバカンス前にクリアしてみせた。

 一つ目は、7月14日、減税規模(600億マルク)の拡大、法人税の基本税率の引き下げ(来年2001年から現行40%を25%に)、所得税の段階的引き下げなどを盛り込んだ懸案の税制改革法を、野党の一部と駆け引きし、うまく抱き込んで成立させた。

 二つ目は、7月17日、難航していたナチス統治下でのドイツ企業強制労働補償に関する関係文書の調印(当時強制労働に従事させられていた人々への補償として、ドイツ政府と経済界が合計100億マルクを拠出し財団を発足)に漕ぎつけることがでた。

 三つ目は、7月18日、イースターに夫と息子3人で休暇にでかけたフィリピンでフランス人ら欧州人数人と共に誘拐され、約3カ月に渡って監禁されていたドイツ人女性(54歳、教師)が身代金(約200万マルク)と引き換えに釈放された。

 四つ目は、難題というよりもむしろドイツにとってはとっておきの嬉しいニュースなのだが、7月17日と18日の両日、ベルリンの英国大使館落成式に初めてエリザベス女王が主賓として出席(これまで各国で行なわれる英国大使館落成式には代理を派遣するだけで、自ら出向くことは歴史上一度もなかった)した。率先して英国とドイツの友好関係に手を貸そうとている。

 というわけで、シュレーダー首相にとってバカンスまでに残された行事は、沖縄サミットのみとなっていた。もっとも沖縄サミット首脳会談も、すでにその議題の骨子は折り込み済みで、あとは首脳同士がそのお膳立てに乗っかればいいだけのこと。サミットにつきものの首脳夫人同士の交流も、今回は夫人同伴が少なく、中止された。

 とはいえ、沖縄から発信されてきたテレビや新聞、ラジオが取り扱ったサミットニュースは、約130年前に難破したドイツ船の船員8人が救助された宮古島をシュレーダー首相が訪れて市民に大歓迎を受けたことを始め、このサミットを機会に、第2次世界大戦中の沖縄における悲惨な歴史、さらには米軍基地の騒音に苦しむ住民、その一方で、この基地の存在が極東におけるアメリカの重要戦略であり、そのお陰で住民の生活が潤っているというジレンマを抱えている実情について、基地に反対し人間の鎖を作って基地を取り囲む様子も含めて、きちんと紹介している。そういう点から見ると、これまで未知に近かった沖縄の状況がこの機会にドイツをはじめ主要ヨーロッパ国に知られされただけでも、沖縄開催は成功だったといえるだろう。
 沖縄のサミット開催に尽力しながら、半ば、急逝された小渕前首相も、きっと草葉の陰でこの成功を祝福しておられるのではないだろうか。

 それはさておき、今回のサミットでは、日本政府は急遽IT(情報技術)を主要テーマに取り上げた。現在IT革命は猛スピードで進んでいる。ここには、対応に遅れてIT後進国になるまじとする日本の焦りが見てとれるが、そもそもこの厚い壁を作ってハードルを高くし規制緩和を妨害してきた張本人は日本である。一向に値下げに踏み切らない電話料金がその典型的な例だ。

 今回この問題も、18日に東京で行なわれた日米規制緩和協議の席上、NTT接続料値下げ決定でほぼ決着した。欧米諸国にとっては「やっと」という気がしないではないが、欲をいわせて貰えば、これでもまだ不充分だ。
 なぜならこの問題では米英の遅れをとったといわれるドイツでさえ、2〜3年前から電話料金値下げ競争は激戦状態にあり、お陰で国際通話料金は下がり続け、ドイツから日本へ掛けても市内料金並みなのだ。それなのに日本の通話料だけは際立って高い。
 IT革命と通話料金=接続料値下げは表裏一体の関係にある。日本がサミット主催国として、このITを主要議題に取り上げたのだから、今後NTT接続料値下げ問題は早急に解決しなくてはなるまい。NTTにとって身を切る選択だろうが、IT革命を推進するには避けて通れないはずだ。

 さて「IT革命」といえば、ドイツでは8月1日より、アメリカにならって「グリーンカード」制度を設け、世界中から優れたコンピューター技術者2万人を2008年7月31日までの5年間という期限付きで、受け入れを実施することにした。資格は、a)大学卒のコンピュータ−・スペシャリスト、b)大卒ではないが、受け入れ企業が年間10万マルク以上の報酬を出すと雇用契約で約束された優れた技術者(家族同伴も許される)、c)ドイツで情報技術を学んでいる留学生、である。
 これに対し、早速ドイツ労働組合連盟が「現在300万人を超える失業者を抱えている上、国内でも3万7000人のコンピューター技師と5万6000人の情報技術者が失業しているのに」と強く反発している。

 それなのに政府はなぜ今回こうした外国人技術者の受け入れという決断を行なったのか。
「この業界で現在7万5000人〜10万人もの技術者が不足しており、需要に追いつかない」というのはあくまでもオモテ向きの理由で、実は「ともすると権利一辺倒に陥りがちな硬直したドイツ式労働モラルでは日進月歩のIT産業に対応できない恐れがあり、優秀な外国人の情報関係技術者を受け入れることでドイツ人技術者の緊張感を煽り、硬直化した労働モラルを打破しようとの狙いがある」といわれている。

「働きすぎる」といわれる日本人には、ドイツのような権利主張一点張りの労働モラルはあてはまらない。しかし、ともすれば外国人への門を閉ざす余り、ダイナミックさに欠け、それゆけにドイツとは別の点で硬直化という問題に直面している日本産業界、とくにIT産業にとって、このドイツの大胆な産業活性化策は参考になると思うのだが、どうだろうか。


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