weekly business SAPIO 2000/8/10号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《武器輸出を巡る世界各国の駆け引きに反応不能。憲法に縛られた「平和ボケ」日本の危うさ》


 私事になって申し訳ないのだが、今週から猛暑日本へ2週間の予定で帰国する。主な仕事は拙著『歯がゆい日本国憲法』のキャンペーンである。

 拙著は日本国憲法とドイツの「基本法」とを比較、考察したものだ。同じ第二次世界大戦の敗戦国でありながら、日本が戦後1度も憲法改正に手をつけなかったのに対し、ドイツは今日までに実に46回も改正するに至り、しかも改憲のたびに世界の信頼を得ることになった。なぜそうなったのか、その背景に迫ることで、今後の日本のためにお役に立てばという思いから書き下ろした。
 お陰さまで、手応えは確実らしく、各界の錚々たる人物からお褒めの言葉が届いている。そういえばつい2、3日前も、書店や出版界に多大な影響力を持つ「週刊読書人」紙上(2000年8月11日号)に拙著が取り上げられ、「改憲なり護憲なりの立場をとらずに、虚心に読むべき本である」という書評を頂戴した。有り難いことである。

 戦後の日本は平和憲法(特に第9条)により、ラッキーなことにも世界では珍しく約半世紀にわたって平和を謳歌し続けることのできた国である。それゆえに世界有数の経済大国にもなることだできた。
 沖縄で開催されたサミットもまさにその延長線上にあるもので、この沖縄サミットを成功させることで何としてでも経済活性化に繋げよう、との日本政府の意図がありありと見られたものだ。
 ところが、日本がそうした経済活性策に懸命に取り組んでいる間、実は世界の大国は全く別の問題に気を取られていたのだ。

 その問題とは、イスラエルを主軸とした中国がらみの軍需産業の動きで、世界の軍事大国の目はいっせいにイスラエルと中国に注がれ、その動静を固唾を呑んで見守っていた。
 つまり、あのキャンプデービットで開催された中東会談は、オモテ向きはあくまでもアメリカによるイスラエルとパレスチナ自治政府との和平交渉ということになっていたが、その実水面下では、新しく武器輸出開拓に参入しようという野望に燃えるイスラエルと、そうはさせまいとして懸命にイスラエル牽制に乗り出すアメリカ、それにロシアが一枚絡むという熾烈なつばぜり合いが展開されていたのである。
 ちょうど沖縄サミット開催中はその山場だといわれていたのだ。

 今回のレポートでは、平和ボケですっかり感覚が鈍り、それゆえにこうした動きに半ば反応不能に陥っている日本政府、日本人に向けて、沖縄サミット前後に展開された武器を巡る世界の動きを、当時を再現してお伝えしようと思う。

 もとよりこれは、

イ) なぜ沖縄サミット開催前に、プーチン大統領は中国と北朝鮮を慌しく訪問しなければならなかったか、

ロ) なぜキャンプデービットで開催された中東会談がこじれ、オルブライト国務長官は宮崎外相会議を欠席しなければならなかったか。そしてなぜ沖縄首脳会談直前、クリントン大統領の首脳会談欠席の風評が飛び交ったばかりか、その訪日日程を一部変更しなければならなくなったか、

ハ) なぜ中東会談終了後、イスラエル国内でバラク連立政権における離脱騒動が発生し、レビ外相辞任にまでエスカレートしたか、

 その謎解きでもあるのだ。

 ことの発端は、中国がイスラエルに2億5000万ドル相当の「早期警告レーダー戦機“Phalcon”」を発注したことに始まる。
 イスラエル側でこの窓口になったのは、「イスラエル航空産業(IAI)社」である。IAI社は、この取引は将来必ず大きな商売(推定15億ドル)につながると期待し、さっそく中国側にゴーサインを出して売買契約を取り交わしている。その契約書に基づいて、中国政府はIAI社に前渡し金として1億ドルを振り込んだ。
 この両国間の武器取引にあわてふためいたのがロシアとアメリカである。

 先ずロシアだが、これまでの慣例では、ロシアにとって中国は、この種の武器輸出では最大の顧客といわれてきた。それなのにイスラエルがロシアにとって代って中国市場に食い込んで来る。それでなくても、ソ連崩壊をきっかけとした東欧諸国のロシア離れにより、ロシアの軍需産業、武器輸出先は年々狭まっている。その上、コソボ紛争では、そのロシア製の武器の性能さえ疑問視されてしまった。

 中国にしてみれば、米ソ対立構造が氷解し、ロシアの欧米接近が始まってことで、何が何でもロシアに忠義立てする必要はなくなった。
 そこで中国はこの種の武器売り込みに熱心なイスラエルとロシアを両天秤にかけ、その挙句、イスラエルから武器を納入するべく、従来のロシア武器一辺倒の慣例を白紙に戻し、鞍替えしてしまったのだ。
 プーチン大統領が狼狽したのは無理もない。沖縄サミットを前にプーチン大統領が中国を訪問し、さらにこれまで武器売買取引では特別の関係にあった北朝鮮にまで足を延ばして金日正との会談に臨み、しきりにご機嫌を取って見せた。北朝鮮のミサイル疑惑と西側の新技術導入との交換取引のアドバルーンを沖縄サミット挙げてみせたのがその何よりもの証拠だ。

 一方アメリカはどうしたか。当然このイスラエルの対中国武器輸出に対し妨害の挙に出た。例の中東会談で、クリントン大統領はイスラエルのバラク首相に、この取引を即刻キャンセルするよう迫った。イスラエル側はぎりぎりまで抵抗したものの、最終的にこのアメリカの圧力に屈し、中国との武器取引を中止することにした。
 もっとも、バラク首相はその見返りとして、アメリカから28億ドルの支援をとり付けることに成功したのだが。

 この武器取引を中止させた背景には、イスラエル建国以来の「兄貴・アメリカ、弟・イスラエル」という緊密な関係がある。特に1960年以後、常にアメリカは軍需産業部門においてイスラエルとタイアップし、両国はその共同開発に携わってきた。1967年の「六日戦争」では、イスラエルはアメリカに8億ドル分ものF−15とF−16両戦闘機を発注し、アメリカを喜ばせたりした。

 ただし、こうしたアメリカとイスラエルの緊密な関係において、アメリカはイスラエルに対して一定の条件を課すことを忘れていない。
 その条件とは、こと軍需産業における武器に関して、中国を含め、アメリカが指名する27か国については、アメリカの承認なしには輸出してはならぬというものである。

 冷戦中はイスラエルもこのアメリカの条件に従っていた。ところが冷戦終焉と共にその状況は一変してしまった。イスラエルとしては、これまで敵としてきた旧共産圏にも武器輸出の販路を拡大したくなったのだ。
 イスラエルでは軍需産業の30〜40%は国内需要で足りているものの、残りは輸出に依存しているという厳しい状況がある。しかも、イスラエルの軍需産業は既にアメリカと並び立つ程の実力を蓄えており、冷戦後の武器市場ではアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスそして中国と肩を並べるまでに至っている。そのため、輸出先としてギリシャやオランダをはじめ、中国、インド、ルーマニアからも頻繁に引き合いが来ており、トルコに至っては、1996年以来、両国間の軍隊による合同演習も行なわれている。フランスとは今年4月、今後軍需産業新規開発を目指し、フランスのターゲット社とイスラエルのIAI社の間で既に契約を取り交わしている。
 となると、イスラエルとしては、これまでのようにそうそうアメリカの言いなりにはならないという機運が高まってくる。

 中東会談後イスラエル国内でバラク首相が孤立に追いやられはじめたのは、いつまでも冷戦のくびきから脱し切れないでアメリカに頭をおさえつけられ、その挙句譲歩を迫られたバラク首相の弱腰にイスラエル国民が腹を立てたからである。

 こうしてみると何やら今日のイスラエル事情は日本のアメリカとの関係にかなり似ているような気がしないではない。
 もっともこの両国には歴然とした違いがある。軍需産業を前面に押し出して世界の大国と肩を並べ、アメリカに正々堂々と勝負を挑んでいるイスラエルに対し、日本は平和憲法にがんじがらめになり、未だ冷戦下でのアメリカとの「主従関係」に埋没してしまっているのだから。

 しかも、軍備拡張に狂奔する中国に対し、日本政府は「ODA見直しとは別」にインフラ整備という名目で172億円もの低金利借款に踏み切ったという。中国は自国における軍事大国政策はタナに上げ、今なお日本の過去を責めたてては、直接間接的に日本の弱体化に手を貸している。
 日本の憲法改正が容易に実現しないのも、おそらく中国の干渉に日本政府がおそれをなして逃げ腰になっているからに違いない。中国の現政策に目を通せば、中国が決してキレイ事だけで政治を行なっているわけではないことは明白だ。
 日本はその辺をもっと自覚し、真の独立国としての政策を対中国といわず、世界に打ち出すべきである。そうでなくては日本は21世紀を生き抜くことはできまい。


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