weekly business SAPIO 2000/9/14号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《通貨安も原油高騰も一笑に付すEU諸国の「強気」の背景》


通貨安も原油高騰も一笑に付すEU諸国の「強気」の背景

 今回は、しばらく遠ざかっていたヨーロッパ(=欧州連合)の経済事情についてレポートしようと思う。

 まず当面、欧州連合(EU)が抱えている問題は以下の2点である。

1) 1999年1月1日よりEUは通貨統合に踏み切り単一通貨が導入されたが、このところユーロ安に歯止めがかからず、先週6日のロンドン外国為替市場でのユー ロ相場は、一時対円で1ユーロ=92円58銭、対ドルでは0.8753ドルまで下落し、過去最安値を更新したこと。

2) 1990年10月の湾岸危機以来の原油高騰で、フランスやイギリスはもとより、ドイツにおいても貨物トラックやタクシーなど交通運搬業者がその打撃を受け、ドイツだけで10万人もの就労者が職場を失う危機に陥っていること。
 こうした問題を抱える中、欧州連合(EU)は9月9日にベルサイユにて蔵相会議を開催している。
 ところが、その割りにはユーロ通貨加盟国、特にドイツにおいて危機感が薄い。

なぜそうなのか。

まず前者についてその理由を分析すると、

イ) ユーロ安が、逆に通貨加盟国の輸出好調に繋がっている。特にこのところヨーロッパ経済のリーダー格にあるドイツは好景気で、今年第2期の国民総生産は前年の第2期(1999年4月〜6月)よりも3.1%増。これがシュレーダー政権の安定に一役買っている。とくにガソリンに環境税を掛けることで増収を図ろうとしている政府にとって、ユーロ安による好況は、国民のガソリン高に対する不満をそらす好材料と見ている。

ロ) ユーロ通貨導入とはいうものの、為替サイドにおけるユーロ決済はさておき、現金サイドにおける紙幣並びにコイン通貨の流通は未だ実施されていない。従って現時点では強いマルクが市場を支配しており、ドイツの一般市民にとってユーロ安の実感が乏しい。

ハ) ヨーロッパは21世紀を目前にして、第2次世界大戦後よりこのかた約半世紀を経て、通貨統合という歴史的な出来事を成し遂げた。その政治的裁量に対する誇りが、ユーロテクノラートに根強くあり、その気迫がヨーロッパ通貨統合加盟国の国民に乗り移っていること。その誇りとは、ベルサイユEU蔵相会議でのドイツ・アイフェル蔵相の発言に見られる「ユーロ安は対ドルのみをターゲットに比較するものではない」、「長期的な観点ではユーロに関する限り、悲観的な材料は何もない」に通じる強気である。

 そのためか、こうした強気を背景に、ベルサイユにおける蔵相会議の焦点は、ユーロ安対策というよりも、むしろあと500日に迫った(2002年1月より導入される)ユーロ紙幣とコインに関する具体的な処理に集中した。

 その具体策とは導入時の混乱を避けるための予防策で、

1. まず手始めに、銀行と流通分野で、2001年9月1日より紙幣とコイン導入を実施する。

2. 一般市民(=消費者)への紙幣とコインの導入は、2001年12月17日か ら、銀行の窓口にて20マルクのみ紙幣とコインとを組み合せて両替することでスタートさせる。 というものである。

 さらに後者の原油高騰問題に関しても、ヨーロッパをはじめドイツは強気の姿勢を崩さない。
 石油輸出国機構(OPEC)が9月10日に恒例のウイ−ンにおける総会を開催するのに先立ち、早速先の蔵相会議では、フランスやイギリスにおける運送業者などの道路封鎖による実力行使を理由に、OPECに対して圧力を掛け続けた。そして、ついにイラクを除く加盟10か国の石油生産量を現行の生産枠から日量80万バレル増産することに成功した。

 こうしたOPECに対する強気の背景だが、

1. ヨーロッパ、特にドイツは、ペルシャ湾における石油に代わる別のエネルギー源選択肢として、ロシアにおける天然ガスを念頭に入れているため。ドイツでは1970年代、シュミット政権下でこの事業に乗り出しており、既に30年近くの実績がある。

2. 天然ガスは石油精製のような巨大なタンク、石炭のような廃坑、原子力運搬のような警官動員による監視は不要で、導入にはシベリアからパイプラインを引くだけで足りる。しかもそのパイプライン建設のコストについて、ドイツはすでに償却して しまっている。
 ちなみに世界におけるエネルギー需要の比率は、現在石油40%に次いで天然ガスが18.3%を占め、石炭の15%の上を行く。何にもまして、ドイツにおける住居暖房では天然ガスが37%と石油による暖房34%を上回っている。

 振り返って日本はどうか。日本が北方領土問題で、ロシアから返還に関するいい返事が得られない最大の理由は、恐らくこの辺にあるといっていい。
 日本としては、シベリアに眠っている天然ガスは喉から手が出るほど欲しいはず。
ロシアのプーチン大統領は、その日本の弱みを百も承知で、日本に交渉をしかけてきているのだ。それかあらぬか、近ごろ日本では「北方領土棚上げ論」が巾を利かせ始めたと聞く。

 日本の技術と外貨がほしいロシアとロシアの天然ガスなど資源がほしい日本!
 さて、そのロシアと日本との勝負、今後一体どのような展開するのだろうか。とそのお手並みをここドイツから拝見したいものである。

--------------------------------------------------------------------------
発行 小学館
Copyright(C), 2000 Shogakukan.
All rights reserved.
weekly business SAPIO に掲載された記事を許可なく転載することを禁じます。
------------------------------------------------- weekly business SAPIO --

戻る