weekly business SAPIO 98/11/5号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆早くも米仏から総スカンを食らった独シュレーダー新政権の“陰の首相”◆


 9月27日、この日、日本にいた私は、ドイツの総選挙で、保守党率いるコール政権が惨敗し、社民党が勝利したことを知った。
 その1か月後の10月27日、私は首都ボンで新政権誕生を見聞することになった。
 今回はその様子を報告しようと思う。

 そのボンだが、駅に下り立って、まず私が感じたことは、この町の人々はコールからシュレーダーに政権がバトンタッチしたからといって、別に自分の生活とは関係ないと思っているのか、興奮しているというでもなく、ふだんとかわらず、淡々と日常の仕事に励んでいることだった。

 そもそもボンは田舎町でありながら、戦後とくにアデナウター宰相の肝いりで、西ドイツの首都としてスタートした町だ。ところが、ドイツ統一後、この町は少しずつ首都としての機能を失い始めた。理由は西暦2000年に首都はベルリンに移転してしまうからである。そのためボンの市民はむしろ移転後の生活が心配で、政治に関心を寄せているひまもゆとりもない。むしろ政治なんてくそくらえと、苦々しく思っている。国連都市にするとか情報産業都市にするという町の企画はあるものの、これまで約半世紀にわたって享受してきた首都機能の特典とは比べものにならないからである。

 そんな市民の憂うつな表情をあとに、連邦議会では社会民主党(SPD)のシュレーダーを、出席議員666人の過半数を16人上回る351人の賛成で、戦後7人目の新首相に選出した。これを受けてヘルツォーク大統領はシュレーダー新首相と新閣僚15人を任命、ドイツ史上初の「赤(=社民党)緑(=緑の党)政権」が誕生することになった。

 次いで各省では旧閣僚から新閣僚への執務引継ぎと人事交代が行われた。主な省のうち、外務省、国防省での大臣交代劇はまったく変わりはなかった。両省の新大臣〔外相は緑の党、国防相は社民党出身〕は旧大臣と省内の従業員(=国家公務員)を前にして「EUとNATOの枠組みの中で、これまで通り、外交や国防政策は継続し、その任務を果たす」と誓って見せただけで、何かアクションでも起こるのではないかと期待して出かけたのにすっかり拍子抜けしてしまった。

 ところが、問題は蔵相に就任したラフォンティーヌである。
彼は社民党きっての策士と言われて来た人物だけに、すでに蔵相就任前から、彼の周辺で波紋が生じていたからである。
 その彼の人となりだが、手短に紹介すると党内では右派シュレーダー新首相に対し、労働組合を基盤として左派の急先鋒にたっている。真相は謎に包まれたままだが、90年4月には暗殺されかかり一時は生命の危険さえ伝えられた。

 90年10月3日のドイツ統一では、強硬に反対を唱え、その勢いを借りて同年12月の総選挙ではコールの対抗馬として自ら首相候補の名乗りを上げて戦ったが破れた。さっそく94年の選挙では作戦を練り直し、現国防省シャーピングを首相候補に立て選挙に臨んだが、ここでも勝利を果たすことが出来なかった。
そして今回3度目の勝負として、シュレーダーを首相候補に立てようやく勝利に導いたのである。その陰の功労者が実はラフォンティーヌといわれているのだ。しかも今回の選挙では緑の党との連立が決まり、ラフォンティーヌの所属する左
派が圧倒的に有利な立場に立つことになった。

 こうした流れを敏感に嗅ぎ取ったラフォンティーヌは、あれよあれよというまに、シュレーダー新首相を差しおいて、実権を掌握してしまった。“社民党にはもう一人の陰の首相がいる”といわれるゆえんである。

 ちなみに社民党勝利から正式に蔵相に就任するまでのラフォンテーヌの機を見るに敏い迅速な動きと各界の反応を見ると、

1)選挙中、イギリスのブレアー首相に倣って「現実路線」を訴え、ベンチャー企業家を組閣の段階で経済相に据えると公言、その顔をオモテに出し勝利に導いたというのに、その直後、当の企業家を組閣から外し追放してしまった。その上、企業家を軽視し、労働者に篤い福祉政策を鮮明に打ち出した。
そのため、社民党の「新中道」を期待し一票を投じた(と見られる)中小企業界はだまし討ちに遭ったと怒っている。

2)組閣を前に蔵相のポストが約束されていたとはいえ、選挙直後、早くも、フランクフルト所在のドイツ中央銀行=ドイツ連邦銀行の金融政策に横槍を入れ、金利の値下げを迫った。そればかりかフランスのシュトラス・カーン蔵相を道連れにし、その権限をユーロの牙城・欧州中央銀行にまで拡大しようとしている。

3)何よりも西側諸国を驚嘆させたのは、国際通貨体制(=プレトンウッズ体制)に関し、かつての欧州通過制度を元に為替相場の目標相場圏を提唱し、あたかも70年代の金融政策に戻るかのように時代のネジを逆に回し始めた。

 この無謀ともいわれるとくに2)と3)のラフォンティーヌ金融政策実施の背景だが、さしあたり次の2点が挙がっている。

1)社民党が選挙において公約した雇用促進政策=ここ1年から2年に失業者を300万人(現在の失業者は約400万人)までに減らす=を促進するために、何としてでも、従来の保守政権による金融政策と距離を置き、しゃにむに社民党カラーを出そうとするラフォンティーヌとその彼を背後で支えている側近の性急な得点稼ぎが見え隠れしている。

2)ラフォンティーヌの強力なバックボーンは労働組合だが、その労働組合でここ数年労働者の組合離れが加速し(90年1180万人だった組合員は、1997年末860万人に減少)、それによる組合費の激減で、専従職員の人件費(98年までに全予算の72%を占めている人件費を60%までに押さえる予定だったが、66%までにしか到達していない)が財政を圧迫し、リストラ寸前の危機にさらされている。そのため、今回社民党の追い風に乗って、ラフォンテーヌの手腕とその名を借りて労働組合挽回を図り、組合員離れを食い止めようとしている。

一方、こうしたラフォンティーヌの独断的な金融政策だが、早くも、フランスのシラク大統領(シラクはどちらかというと欧州中央銀行の政治からの独立には反対だった)をはじめ、欧州中央銀行理事ハマライエン女史(フインランドではかつてラフォンティーヌと同様の金融政策を実施しようとして失敗した)、さらにはアメリカの各界からも避難の声が挙がりはじめている。特にドイツの各界(マスコミを含めて)からは、50年にわたる伝統あるドイツ連邦銀行の独立性、それを引き継ごうとしている欧州中央銀行路線を破壊する当事者として袋叩きに遭っている。

 というわけで、せっかく意気揚々とスタートした社民党・緑の党連立政権だが、当分旧勢力との確執で、きりきり舞いをさせられる様相にある。

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