weekly business SAPIO 98/9/24号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆うぶな日本人記者を翻弄する旧東独一流の二枚舌◆


 ドイツでは来る9月27日、総選挙が行われる。
そのせいか、近ごろ日本の新聞でも、ドイツの総選挙を取り上げる記事が目につきはじめた。今回は、その記事の感想から話を薦めて見ようと思う。

 その1) 日本経済新聞:
「問われるコール政権、経済の制度疲労深刻」という見出しとともに「ドイツは27日の総選挙で、16年間続いたコール保守中道政権存続を問う。400万人を越える戦後最悪の失業、統一から8年を経ても拡大する旧東独と旧西独の地域格差。経済の構造改革は進まず、企業は競争力低下に苦しむ。総選挙で閉塞状況を打破する政権が誕生するかどうか。成熟社会ドイツは世界経済が激震する中で厳しい選択を迫られている……99年1月からの欧州通貨統合は、『大欧州』のかなめとなるドイツに競争力の強化、構造改革を強く迫る。ドイツの選択は、袋小路に入った独経済だけでなく欧州経済の行方をも左右しそうだ。」という記事を掲載(9月19日付)。

 その2) 朝日新聞:
「ドイツ総選挙が問うもの」という連載記事で、「失業、難民などの懸案、東と西の市民の間に残る心と経済の壁、税制など構造改革の遅れ……。難題に立ち向かうのは、16年ぶりの政権奪還を目指す社会民主党か、実績を訴えるコール長期政権か。新しい任期4年は世紀の変わり目と重なり、強いマルクが姿を消す欧州通貨統合が完成する。この時期に、ドイツ国民はどんな選択を示そうとしているのか」として「吹くか風」というタイトルの連載記事を17日から始めた。

定期的に目を通す新聞は上記の2紙だけなので、他紙については何とも言えないが、これらを読んだ限りでは、一瞬「ドイツに関しては、マイナス記事を書かないことには記事にならない。それには旧東ドイツの反政府=不満組にスポットライトを当て取材すること」と、打ち明けてくれたある特派員の弁、と同時に「日本人記者は相対的にものを見ることが苦手らしく、うわべだけの記事を書く」というドイツ人記者の指摘が頭に思い浮かんだ。

 特に気になったのは朝日新聞掲載の第1回目の連載記事である。
「人権派弁護士だったギジ氏と秘密警察・国家保安庁とのつながりが連邦議会で調査されるなど、『西の権力機構』はPDSを色メガネで見続ける。巨大機構だった秘密警察から逃れる方が難しかったのに……。」という部分では、もし本物の人権派の人たちが、この記事を読んだら、即刻訂正を求めるに違いないと思った。

 旧共産党が、「ベルリンの壁」撤去直後、新たに党名を変え「PDS=民主的社会主義党」として出発したことは周知の事実である。もっとも、ドイツの「社会民主党」(SPD)に似せ紛らわしい名前でスタートしているのでも察しがつくように、実は党首ギジとは、旧東独時代、人権派を装って本物の人権派に近寄り弁護を引き受ける傍ら、一部始終を秘密警察に密告し、人権派の逮捕や投獄に手を貸してきた張本人だったのである。しかも、膨大な証拠物件が残っているにも拘らず、当人はしらを切り、党首に収まった人物である。

今一つ、この記事の中には、ギジを庇う元外交官も登場し、「統一後、役に立てるなら、新しいドイツ外交に携わりたいと考えた。が、ゲンシャー外相(当時)は約2,000人の東独の外交官を誰も雇わないと決めた」と語らせている。

当然である。なぜなら彼ら元東独外交官は、冷戦中、そのスパイ活動では世界でも有数といわれ、ちょうど北朝鮮側が日本人拉致疑惑を行方不明者、ミサイルを人工衛星と言いくるめるのと同じ手口で、旧西独や西側をてこずらせてきたからだ。旧西独がそのような人物を外交官として雇うはずないではないか。たとえ雇ったとしても、イデオロギーで凝り固まっているだけに、いずれ裏切られるのがおちである。

 それなのに、どうも日本の新聞記者にはこうした旧東独一流の二枚舌的なしたたかさのウラが読み切れないのか、鵜呑みにしてそのまま記事にしてしまう傾向がある。
 このうぶさ!
これはユーロ通貨統合に関しても同様で、そのためにどれだけユーロ通貨観測に狂いが生じたことか。

 それはさておき、そのユーロといえば、9月15日に初の「21世紀におけるユーロ通貨統合展望とドイツ・イスラエル経済フォーラム」が、フランクフルトで開催された。
パネリストはイスラエル・プリモー駐独大使、ドイツ連邦銀行ティートマイヤー総裁、イスラエル中央銀行ヤコブ・フレンケル総裁、キンケル外相、(オブザーバーとしてドイツ中央ユダヤ人協会イグナッツ・ブビス会長も出席)という顔ぶれで、司会者は「フランクフルター・アレゲマイネ」紙の実力派経済記者ハンス・D・バビエ氏である。

 このフォーラムにはドイツ200社の企業代表が出席している。中で、特に目新しかったのは、イスラエル中銀フレンケル総裁が明かした 「1985年以後、イスラエルでは旧ソ連から優秀な学者級ユダヤ人難民を引き受け、彼らがここ13年の間にイスラエルを世界有数のハイテク国家に仕上げたこと」という言葉だった。この限りにおいて、当時すでにソ連解体、さらに今回のロシア経済混乱が予知されていたということだ。

 話はまだ続く。
「イスラエルは、この貴重な人的な財産を原動力に、今後、EUとの関係を一層緊密にし、ドルとユーロの間にあって、中東を視野に入れたイスラエル経済の発展に努めたい。そのユーロにもはや後戻りはなくなった」と。
 というわけで、このユーロ通貨統合、いよいよユダヤ人をも味方につけてしまった。
 そこには日本の経済記者が指摘するユーロ通貨悲観論はひとかけらも見られない。

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