weekly business SAPIO 99/10/28号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《「兵器産業は莫大な利益をもたらす」─これが欧米列強が「兵器」に鎬を削る理由だ》

 

10月25日、63日ぶりにキルギスでイスラム原理主義者に拉致された日本人鉱山技師4人が無事釈放された。これまで親日的とされ、治安も安定しているといわれてきたキルギスでこうした事件が起ったのだ。今後日本は好むと好まざるとに関わらず、とりわけ海外における危機管理対策の真剣な見直し並びにその検討を迫られることになるだろう。

 ところでその危機管理といえば、拉致された日本人の開放直前、西村防衛次官が週刊誌のインタビューで個人的見解としながら「日本の核武装、検討」と発言し更迭処分を受けている。
 この西村氏の一連の発言だが、余りにも国際的感覚から逸脱したもので、日本国の政治に携わる政治家、とくに閣僚の一員の発言としては慎重さに欠けており、軽率だったという叱責は免れない。その理由だが、

1) 安全保障面での力のバランスを日本人に促したいのであれば,何も核武装でなくても、別の例の出し方がいくらでもあったはずだ。

2) 東海村臨界事故の件で、主要諸国は、日本は唯一被爆国であるにもかかわらず、原発に力をいれており、いずれ核兵器開発に乗り出すのではないか、その実力は十分あるとみて疑惑の目を向けている。あの発言はその疑惑をより裏付けるものになってしまった。

3) 世界の潮流は、今や人権尊重にあり、とりわけ女性の人権については敏感である。その世界の潮流に逆らうように、核武装=安全保障に関する重要な問題を女性蔑視と受け取られかねない“強姦”という不用意な表現を再三使うにいたって、日本の政治家の国際的センスのなさと、ボキャブラリーの貧しさをさらけだすことになった。

 とはいえ、世界の現状を直視すると、あながち氏の発言が的外れでないことに気が付く。
 例えば核兵器を含めた兵器産業をみると、1994年から1998年の4年間における兵器産業輸出は、トップがアメリカで539億ドル。以下、2位ロシア123億ドル、3位フランス106億ドル、4位イギリス89億ドル、5位ドイツ72億ドル、6位中国28億ドル、7位オランダ23億ドル、8位イタリア17億ドル、9位ウクライナ15億ドル、10位カナダ14億ドル、11位スペイン13億ドル、12位イスラエル10億ドル、13位チェコとベラルーシがそれぞれ7億ドルである。一方兵器輸入国のトップは台湾133億ドルで、2位サウジアラビア97億ドル、3位トルコ66億ドル、4位エジプト59億ドル、5位韓国52億ドル、6位ギリシア48億ドル、7位インドと日本41億ドル、9位アラブ首長国連邦33億ドル、10位タイ31億ドル、11位クエート30億ドル、12マレーシアとパキスタンと中国26億ドルと続いている。
 これをみても明らかなように、兵器輸出では中国を除いてトップのアメリカをはじめ、その上位の大半を欧米諸国が占めているが、その一方で輸入国の大半は日本を含むアジアと中東に集中している。つまりこと地域紛争に関する限りは、その原因は欧米諸国による熾烈な兵器輸出にあるといって決していいすぎではない。

 とりわけ、統一後のドイツの画期的な兵器輸出拡大策には目を見張るものがある。ドイツは統一達成と同時に、安全保障面での貢献を通して晴れて兵器産業輸出への切符を手にしたからである。つい最近では、コソボ紛争における軍隊派遣と空爆参加だけでなく、紛争後の解決では北大西洋条約機構コソボ平和維持部隊最高司令官にドイツ軍人が任命された。その延長線上には、ドイツの兵器産業進出への執念が見え隠れしている。

 反面、こうしたドイツの兵器産業への進出を巡る周囲の環境は決して生易しいものではない。
 つい最近も次ぎのような事例が国内で発生し、ドイツの兵器産業は暗礁に乗り上げかけている。紹介しておこう。

1) トルコからドイツ側へ戦車約1000台分の発注があった。これにより約1万人分の雇用が保障される。失業問題で頭を抱えているドイツ政府としては、すぐにでもゴーサインを出したいところである。ところが社民党の連立政権の相手反戦主義提唱の「緑の党」から「待った」の声が掛かってしまった。先のコソボ紛争では政府協力か否かで鋭く対立した「緑の党」だったが、最終的に賛成にまわった
。ところがこれが祟って今では「緑の党」支持者が激減し、党の生き残りさえおぼつかない状況に追い込まれている。そのため政府は連立政党「緑の党」の反対に遇って、困惑している。

2) ハンブルグ社会学術研究所主催「1941年から1944年の国防軍」(別称「絶滅戦争」)の写真展示会が始まったのは1995年である。以後ドイツとオーストリア各地でこの写真展が催され、すでに参観者80万人に上っている。いずれこの写真展示会はニューヨークでも催される予定になっているのだが、実は最近その写真展にものいいがついた。ポーランドの歴史家(ボドヤン・ミュジアル)とドイツ・ミュンヘンの歴史家(ホルスト・モラー)二人による緻密かつ丹念な追及と照合により、展示写真の半数はナチの残虐行為でなく、第二次世界大戦中、旧ソ連・秘密警察が行なった行為であり、戦後ドイツ敗戦をいいことに彼らが犯した罪をナチになすりつけ、捏造したものであることが判明した。というのだが、その一方で「半数は多すぎる。ほんの数枚だ」という意見もあり、今のところ結論はでないまま先送りになっている。

 もっとも、このような意図的な妨害工作を斥けても兵器産業に傾けるドイツの意欲は衰えない。なぜか。一言で言えば、「兵器産業は莫大な利益をもたらす」ことに尽きる。

 だからといって、何も日本がそのドイツに右へ習いし追随しろというのではない。そうではなくて、世界の産業とは日本が戦後固執してきた平和産業一辺倒とは裏腹に、実は兵器産業が主軸にあるということを知って欲しいのだ。キルギス日本人技師拉致事件を例に出すまでもなく、日本人は一日も早くこの冷酷な現実を把握し認識すべきで、今やその時期にきていると私は思う。

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発行 小学館
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