weekly business SAPIO 99/12/2号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《最近ドイツで起こった2大事件に見るドイツ人の「強さ」と日本人の「弱さ」》

今回は日本のマスコミでも取り上げられた、クリスマスを前にドイツで起った二大事件、一つは「最大野党のヤミ献金疑惑」、二つは世界最大の携帯電話会社ボーダフォンによるマンネスマン敵対買収提案とドイツ大手2位を誇る建設会社フイリップ・ホルツマンの破産宣告直前での撤回騒動について、日本のマスコミでは報じきれていないその背景について記述してみようと思う。

 まず、前者「旧コール政権におけるヤミ献金疑惑」だが、なぜ今このような事件が急浮上したのか。理由は二つある。

 一つは、コール前首相所属のキリスト教民主同盟(CDU)における党内事情がある。1998年9月27日の総選挙で大敗したCDUに代わり、社民党と緑の党による連立政権が成立し、シュレーダー政権が誕生したのは周知の事実だ。ところが16年にわたるコール政権を引き継いだ新政権は、不慣れもあって選挙民の不興を買い、その後行なわれた地方選挙では、CDUおよびその姉妹党キリスト教社会同盟(CSU)に次々と勝利を奪われてしまった。これをきっかけとして前首相コールの人気が急昇し、同時にコール自身も政権復帰の色気を見せはじめた。そのため、コールに冷や飯を食わされてきた反コール派が警戒感を強め、いち早くコール牽制で立ちあがった。その一方で、この疑惑を最小限に食い止め、前首相コールにその全責任を負わせて逃げ切ろうとしている気配がないではない。

 二つは、来年2月にシュレスウイッグ・ホルシュタイン州、さらに5月にノルトライン・ウエストフアーレン州の州選挙を控えていること。シュレーダー政権確立後、地方選挙で苦戦を強いられている与党社民党としては、これらの選挙でも勝ち目がないといわれているだけに、何としてでも挽回しなければならない。今回のCDUヤミ献金疑惑はその絶好のチャンスである。特に来年2月の州選挙では、州首相のポストを狙ってコールの側近で前国防相でありかつ幹事長だったリューエが候補に立つ。しかもその選挙では与党有利が予測されているのだ。それだけに、この疑惑浮上はリューエ候補追い落としの格好の材料だと見ている。

 もっともCDUもこうしたSPDの攻勢をただ黙ってみているだけではない。CDUもまた独自の方法でSPD追い落としのスキャンダルをせっせと集め、SPDのイメージダウンを画策しているからだ。11月26日にはニーダーザクセン州首相グロゴウスキーが辞任に追い込まれた。彼はシューレーダーの側近である。その彼が公私混同し、旅行会社の宣伝マンを務めた代償として夫人との旅行費を旅行社に負担させたほか、結婚披露宴ではビール醸造元から飲み物の無償提供を受けるなど次々とその悪事が暴露されてしまったのだ。
 その他にも、現交通相で前ザーランド州首相だったクリムトやノルトライン・ウエストフアーレン州蔵相シュロイサーなどの汚職まがいの行為を行なった事実がオモテ沙汰になっている。
 つまり先の「ヤミ献金疑惑」とは、元を正せば選挙に勝つための手段としてのスキャンダルであり、そのために両党ともにドロ試合を演じているといっていい。

 さて、後者に関してはどうか。結論を先に言ってしまえば、今回のこうした一連の事件の背景には、ドイツにおけるグローバル化のガン、労働組合潰しが見え隠れしているのだ。

 例えばマンネスマンだが、そもそもこの会社はかれこれ100年の歴史を持ち、鉄鋼会社としてスタートした会社である。その会社が携帯電話事業に進出しライセンスを取得してこの事業に取り組んだのは10年前のことだ。
 ちなみにマンネスマンの事業は、1998年における機械製作エンジニアリング部門が従業員4万5500人、売上129憶マルク(前年比―20%)、自動車技術・部品部門4万2850人、売上107憶マルク(前年比+29%)、配管部門従業員1万2200人、売上46憶マルク(前年比―32%)。その中で、携帯電話・通信部門は従業員1万4100人でありながら、何と今年1月から9月までで売上113憶マルク(前年比+70%)という好成績をあげ、事実上マンネスマン本体の赤字まで補填し、一面では失業回避=雇用確保という役割を果たしてきている。

 実はこの会社ぐるみの労働者保護というドイツ特有の経営に真正面から攻勢をし掛けてきたのが、英国のボンダーフォンによる敵対的買収だったのである。そのターゲットにされたマンネスマン側だが、現時点ではボンダーフォンに買収されまいとその防衛に懸命で、最終的にはこの敵対的買収に対抗するため、利益の7割を稼ぎだす携帯電話事業部門と他部門との分離案まで出されはじめた。
 つまり今や、外部からの圧力でドイツ特有の伝統的な会社ぐるみ労働者優先策も崩壊の一途をたどりはじめている。いいかえればそこまで追い詰められているということだ。

 ドイツ第2の建設会社であるフイリップ・ホルツマンの件だが、この会社は多額の不良債権を抱えて11月23日に破産申請をフランクフルト地方裁判所に行なっている。これによってドイツ国内では約1万7000人、全世界では約6万人が職を失う事になる。寝耳に水だったのは従業員だけではない。本社のあるフランクフルト市やヘッセン州もそうで、さっそくフランクフルト市のロート市長、ヘッセン州のコッホ首相が、救援の手をさしのべてくれるようベルリンに陳情している。各地ではホルツマン従業員によるデモが展開された。どうなることかと固唾を飲んでいる中、24日午後9時30分、シュレーダー首相がフランクフルトのホルツマン本社に姿を現したのだ。そして国が不良債権を肩代わりすると約束。救済にのりだすこととし、破産を免れることになった。
 杜撰な経営が問われ、刑事責任の手を免れない経営陣はさておき、クリスマスを目前に控えてあわや路上に投げ出されかねなかった従業員の心理的ショックは計り知れなかった。彼らに、これまで労働組合を背景に強気だった面影はひとかけらも
なく、ただただ会社側の案に従い、例えば、国内支店27カ所の閉鎖と3000人のリストラを承認し、賃上げ要求を断念し、「就労時間を週39時間から43時間に延長」、「冬のボーナス返上」などの条件を一もニもなく呑んでしまった。会社が破産宣告をして失業するくらいならこのような譲歩の方がまだましだというのだ。
 ほんの数年前までは想像できなかった労働組合自らの譲歩であり変身である。

 一方ではこのような現象は労働組合のなし崩し的弱体化に繋がると心配するむきもないではない。
 事実「泣く子も黙る」といわれ、戦後強大な組織としてドイツ政治を動かしてきた産業別労動組合だが、今ではグローバル化という流れに到底逆らうことができず、労働組合員もここ数年急激に減少傾向(91年当時1100万人といわれた組合
員は、98年には約830万人になってしまった)にあり、組合自体合併という選択を迫られ危機感を募らせているという。

 とはいうものの、そこはそれ、さすがはしたたかなドイツ人である。政界の「ヤミ献金疑惑」もそうで、疑惑がオモテ沙汰にされたからといって一歩も引こうとしない。それどころか、逆に相手の弱点をついて反撃の態勢さえ整える。
 これはマンネスマンの敵対的買収やホルツマンの破産宣告にもあてはまる。前者はドイツの経営者が英国の経営者に対して、後者は労働者が経営者に対して、少しでもことを有利に運ぶために決して諦めずに徹底的に戦ってみせているからだ。

 そういう点では日本人はこうした危機に立たされるととたんに腰が砕けてしまう。
 偶然とはいえ、ホルツマン社破産回避日はちょうど2年前山一證券が破綻した日と同じ11月24日である。最後まで粘り強く戦うドイツ人。つい運命に流されるかのように諦めてしまう日本人! 外国ではこうしたメンタリティの違いもいとも簡単に外交の切り札として使ってしまうことを忘れてはならない。フランスのルノーが発表したあの過酷な日産社員切り=リストラは、おとなしい日本人だからこそ出来た処断、まさにその典型的な例といっていいだろう。

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