weekly business SAPIO 99/5/27号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《朝日新聞「コソボ報道」の 「4つの誤り」を訂正する》

ユーゴ紛争は今や、ミロセビッチの敗北(というより、ユーゴ軍は西側の空爆作戦ではほとんど戦わずして一方的に降参することになる)を目前に、NATO側による終戦処理(最も重要な課題は、いかにして無事にコソボ・アルバニア難民を故国へ帰還させるか)の段階に入ったようだ。その証拠に、NATO側は両面作戦(アメリカを総司令塔に、英国は軍事=空爆継続、ドイツは外交=和平調整という役割分担)でミロセビッチをさらに袋小路へと追い詰めるなか、

1.早くもNATOは、空爆停止後を想定し、コソボ自治州に4万5000人から5万人の地上部隊を派遣するとの作戦を公表している。
2.一方ドイツではコソボ・アルバニアの指導者ルゴバ(ルゴバはつい最近まで家族とともにミロセビッチの人質として監禁状態にあったが、イタリアに逃れることを許され、その後ドイツへ入国した)を中心に、その地上部隊の具体的な任務に関する詳細な打ち合せが頻繁に行われている。
3.これに先だって、先週、国連代表が、ユーゴを訪れ空爆の被害状況をチェックしている。

こうした一連の急速な終戦への動きだが、当地のテレビによると、ミロセビッチの側近で、バルカン一の企業家カリッサ(ロシア金融界と深く繋がりがあり、従業員約5000人)が水面下で、ロシアとアメリカの間に立って、精力的に和平工作に乗リ出しているからだと報道している。
ちなみにカリッサなる人物はオモテ向き、米市民運動家ジャクソン師によって釈放されたことになっている米兵3人(ユーゴ空爆開始直後、コソボとマケドニア国境付近でユーゴ軍に拉致された)の釈放を水面下で纏め上げた。

こうなると、ミロセビッチは軍事力では劣勢と見るや、すばやくその戦略を変更し、次は情報力と人脈にモノを言わせ、逃げ道を作っておく気でいるのだろう。西側が、敵ながらミロセビッチに手を焼きつつ舌を巻くのも、彼がこの手腕に長けているからである。小国なうえ、昔から外敵にさらされ続けてきた民族の生き残る知恵といっていいのかもしれない。

おそらく日本ではこのような国際社会における複雑怪奇な外交工作など想像もできないにちがいない。だからこそ、日本のマスコミは誤ったユーゴ報道や解釈を展開しても平気でいられるのかもしれない。

それはさておき、今回このコソボ紛争では、朝日新聞(5月21日付)は、ボンの桜井元特派員と政治部の福田宏樹記者による「ドイツと日本。第二次世界大戦で敗れ、半世紀を経た両国で、今『自国の近くでの武力衝突』への対処が問題になっている。――略――戦後初めて武力行使に踏み切ったドイツと、自衛隊が国外まで米軍支援に出動する法案を論議している日本との比較から、『周辺事態』を考える
」という記事を掲載している。
これについてドイツにおけるコソボに関する私の解釈とかなり異なる点を発見したので、(掲載)項目ごとに、指摘しておこうと思う。

1.重い歴史、重い世論:記事中、「ドイツはそのコソボ問題で悩んいる」とあるがこれは逆である。むしろ今回ドイツはユーゴ空爆に参戦できたことで、ようやく世界の大国としての役割を果たす国の一員として仲間入りができてほっと
している。
その国民的心情は、政権が保守政権から革新政権の社民党と緑の党に交代したからといって変わらないのだ。むしろ今のドイツ国民の大半を占めるのは、少なくとも「ぼくたちの世代はナチには一度も関わっていなかった」と居直ることのできる世代で、NATOの一員としての役割なら、国益という観点から見て武力行使もやむをえないと割り切って見せる。つまり、過去にこだわろうとしない世代なのである。さらに途中から世論調査で空爆支持がやや減少したことについては、

a)セルビアを徹底攻撃する英米両国を、ドイツ人はその昔第二次世界大戦で、ドイツ全土を徹底空爆でうちのめした当時の英米と重ね合わせ、ドイツ人はつい身に詰まされてしまう。

b)地理的にドイツはユーゴと近く、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中は32万人ものユーゴ難民を引き受けた。今回ももろにその紛争の影響を受けているドイツでは、国民がこの辺で空爆を中止して外交的解決が必要である、と判断しはじめたからである。

2.憲法解釈巡り論議:ドイツは1955年、NATOに加盟するにあたって再軍備に乗り出すが、ここでは後腐れのないようにと、ドイツ基本法(=憲法)を改正、軍隊の設置を明記したばかりか、成年男子に徴兵義務を課すことにした。その後もめまぐるしく変わる世界情勢に合わせ、次々と安全保障に関する憲法を改正している。ドイツ基本法24条(註:申し訳ないが、26条ではない)2項「相互的・集団的安全保障制度に加入できる」についても、1994年10月に改正された項目なのである。この辺戦後憲法に一度も手をつけたことのない日本とはまったく事情は異なる。 「ドイツでは憲法解釈巡り論議」といっても日本のそれとはまったく異なる次元で行なわれているからで、そのドイツでは、ユーゴ空爆参加は(一部に反対者はいたが)当然の成り行きだったのである。

3.周辺諸国からの反応:「ドイツのユーゴ空爆参加中に、周辺国からは目立った反発や疑問はあがっていない。背景にはドイツが各国と安全保障面で提携を深め、戦後補償を通じて信頼を回復してきたことがある」。これは正解だ。ふりかえって、こと全保障面に関しては一体誰がこの問題をいたずらに先送りにし、うやむやにしてきたか。政治家にその罪の大部分があるのは当然としても、それを指摘するマスコミ側にも、責任がなかったかどうか。
これまで日本では安全保障問題をタブーにしておきながら、今になってその安全保障問題をドイツと比較する。しかもそのドイツの安全保障問題すら、日本に伝えられるときはバイアスがかかってしまう。これでは、日本の安全保障問題がドイツに遅れを取ってもしかたがあるまい。しかも周辺諸国はそのような日本の曖昧な姿勢を舐めきっている。日本はむしろ周辺諸国の反応に神経質になるよりは、マスコミも含めてそうした優柔不断な姿勢を改める方が先決だろう。

4.米戦略にのまれることへの懸念:ではその日本に、米戦略にのまれない戦略があるのだろうか。今回ドイツが外交面でイニシアティブを取れたのは、その優れた情報力にアメリカが一目おいているからである。「米国の武力行使が国際法上の根拠たなくても正面切って批判しない」と嘆くが、何一つ相手をうならせるような貴重な情報をもたない日本が何を言っても、アメリカは痛くも痒くもないことを知っているのだろうか。世界大国として一人前に扱って貰うには、対等の軍事力なり情報力をもちあわせている事が必要条件なのだ。アメリカの戦略にのまれることを心配するよりは、こうした国際政治の冷酷な現実を、先ず日本人に知らしむるべきである。

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