weekly business SAPIO 99/6/10号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《ユーゴ紛争の終戦処理で始まったNATOとミロシェビッチの熾烈な駆け引き》



 今回はユーゴ紛争の終戦処理で始まったNATOとミロシェビッチの熾烈な駆け引きについてレポートしておこうと思う。

 ユーゴのミロシェビッチ大統領がロシアのチェルノムイジン・ユーゴ問題担当大統領特使とベオグラードで約9時間にわたりコソボ和平問題について会談、主要8カ国(G8)和平案を受諾すると回答したのは先月29日のことで、これを受けて欧州連合(EU)の特使アハテイサーリ・フインランド大統領がベオグラード入りし、ミロシェビッチと会談、ミロシェビッチの和平案受諾を確したのは6月3日だった。
 
 この時点で,ようやくミロシェビッチは全面降伏に踏みきったとして、世界のマスコミはそのニュースをいっせいに本国へ送信している。

 これまで、やれ「第三次世界大戦の始まり」だの「ベトナム戦争の二の舞で、泥沼化する」などと報じ,NATOに水をさしてきた日本のマスコミも、(恐らく何が何だかわからないまま)この和平案受諾報道だけは、きっちりと行なっている。

 もっとも、NATO側にしてみれば、これまでも何度も指摘してきたように、こうした展開はすでに折り込み済みで,とくに目新しいニュースとは思っていない。その証拠にこの和平案受諾の時期について、次のようにいかにも事前工作的、お膳立て的なムードが感じられるからだ。

1.ユーゴ空爆開始がちょうどベルリンでのEU首脳会議中であったのに対し、アハテイサーリEU特使によってもたらされた「ユーゴ和平案受諾」もまたケルンでのEU首脳会議中だったこと。

2.6月4日はちょうど中国の「天安門事件」10周年目に当り、NATOがロシアを取りこんでからは、唯一ミロセビッチ支持を表明しているのは中国で、その中国に当て付けている。

 しかも、そのミロシェビッチの和平案受諾ついても、その西側の真意を忖度すると、

1.一応ミロセビッチが和平案を受諾したことで一歩前進したとして歓迎のアドバルーンを打ち上げて見せたものの、クリントン大統領をはじめ主要国の政治家、NATO軍関係者は、これまでの経過に照らし合わせ、誰一人としてミロシェビッチを信用していない。
2.コソボ難民が冬期に入る前に全員無事に本国帰還が終了するのを見届けるまでは、本格的な和平=終戦処理とはいえず、難題解消交渉はこれからが勝負と見ている。

 案の定、6日にユーゴ・マケドニア国境で実施されたNATO軍マケドニア駐留緊急展開部隊司令官マイク・ジャクソン英陸軍中将とユーゴ側の軍代表との18時間にわたる会談は7日未明午前3時、ユーゴ側の抵抗で決裂した。

 焦点は、
1.NATO側の要求であるコソボからのユーゴ軍,警察,民兵の撤退7日以内に対して、ユーゴ側は2週間以内に延長、さらにコソボ常駐ユーゴ軍5万人のうち1万5000人から2万5000人をコソボに残しておきたいと主張してはばからない。
2.NATO側の25キロに定めた中立地帯からの48時間以内の対空兵器引き揚
げ要求に対しても難色を示している。

 である。

 しかし、NATO側とて一歩も引かぬ構えを見せ、7日NATO本部で行われた定例記者会見では、シェイ報道担当官は、「ミロシェビッチはNATOの要求項目についてすでに承知しているはず。今さら、“知らなかった”では済まされない。約束は約束であり、もしその約束を破る気でいるなら、こちらにも考えがある。ユーゴ空爆はユーゴ側が和平案受諾にユーゴ側が署名するま続行する」と強い調子で語り、事実一時停止していたユーゴ空爆は、7日夜に再開された。

二つは、一方,ドイツでもシェイ報道担当官の記者会見を受けて 同日国防省による記者会見が行われ、その席上シャーピング国防相は

「土壇場で交渉を決裂させるトリックはミロセビッチの常套手段。我々がその手に乗るとでもミロセビッチが思っているのであれば、とんだ見こみ違いというものである。そういえば今日、逮捕理由や逮捕地,日時などは公表を差し控えるが、オランダ・ハーグ国連国際法廷が戦犯として起訴した重要戦争犯罪者の一人カルンチアの身柄を拘束しハーグ法廷に引き渡したことを報告しておきたい」

 との談話を発表し、余り身勝手な事を言い張ってNATOに盾突いていてはミロシェビッチにもいつその危険がふりかかるかしれないことをほのめかし,警告を発している。

というわけで、いずれにしろ現在ミロシェビッチが何としてでも回避したいNATO軍を主力とした国際監視部隊編成もその準備は着々と進んでおり、ユーゴ軍のコソボ撤退と同時に、英国1万3000人、ロシア1万人程度、ドイツ8500人、アメリカ7000人、フランス6000人,イタリア3700人,ギリシア1200人、ベルギー1100人、フィンランドとデンマーク各700人,ポーランド600人、ポルトガル280人と現地に送りこむことになっている。

 もっとも、今回のドイツの財政負担は莫大なもので、ざっと大雑把に見積もっただけでも、人道支援のための連邦軍派遣費2億マルク、これに今後5年間にわたろコソボ復旧に手を貸すとして、その支援金年間13億マルク、これに難民引きうけ費として1か月1千万マルクかかることになる。

 このところ赤字財政で四苦八苦しているドイツ、思わぬモノ入りで、頭を抱え込んでいる。

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発行 小学館
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