クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.20
  「イラク」で欧州が狡猾な生き残り策
 −2千年の欧州史で培った「深謀遠慮」−

 (産経新聞「正論」2003年2月9日より転載)  
<「北」とイラクが陽動作戦>
 このほど石破防衛長官が北朝鮮のミサイル問題に関連し、「東京を火の海にすると宣言し、日本攻撃準備に入った場合、発射前でも自衛権を発動し北朝鮮のミサイル基地を攻撃することは可能」との見解を示した。日本国防上,当然である。 何しろ日本全土を射程に収め、約百基が配備済みとされる北朝鮮の弾道ミサイル「ノドン」については、発射から着弾まで僅か七、八分から十数分というのだから、 
 一方,イラクも、九一年のクエート急襲に見られるように、大量破壊兵器製造疑惑カが持たれている兵器とオイルを切り札に、今も中近東周辺諸国制覇の野望を捨てていない。米国が例によって米国一流の正義で、両国の独裁者失脚に強い姿勢で臨み、ブッシュ大統領においては、最終的には「(国家の)連合を率いて武装解除を行う」べく武力行使も辞さぬという固い決意を表明し、ならず者両国家に一歩も譲歩しない構えでいるのは分らないではない。とはいえ、今回の一件では北が昨年十月あっさりと核兵器開発事実を白状したのと異なり、イラクではかつてない国連による二百人規模査察官体制だったにも関わらず、兵器開発の決定的証拠は見付からなかったように、対称的である。これについて、当地消息筋の観測では、これこそが曲者で、実は北朝鮮とイラクとが水面下において仕組んだ陽動作戦であり、しかもこの作戦は初期段階において成功したと分析していることだ。

<米国の威信低下に悪乗り>
なぜか。一つはこの時期,北朝鮮が核開発事実をあっさり認めたのは、決して偶然事ではなくかなり意図的だったといわれていること。二つは、その証拠に両国ともに同時期同問題でブッシュに敵視されているにも関わらず、前者は話し合い,後者は攻撃と「月とすっぽん」ほど違う対応になっていることを挙げている。理由は明白だ。オイル資源を持たざる北朝鮮と持つイラクとの差であり、ブッシュはそのオイルほしさにイラク攻撃を画策している。かくして北朝鮮とイラク,その支援グループはこのブッシュ=オイル利権というストーリーを世界に浸透させることで反戦機運を盛り上げ、世界中をまたたくまに反戦一色に塗り潰してしまった。しかもこの背景には一昨年のイスラム教過激派による9・11事件があり、その後最新兵器と最強部隊の投入によっても真犯人オサマ・ビン・ラビンを取り逃がしたという米国の失態がある。両国はこれを米国の威信急低下と解釈し、米国NO.1神話の崩壊来ると定義したのだ。確かに米国は世界に比類なき軍事国家であリ経済大国である。この事実に誰も異を唱える者はいない。

<情報戦で友好国を分断>
ところがこと情報戦においてはいかな米国のCIAといえど、テロ国家及びテログループの水面下工作には歯が立たず,劣勢気味だというのだ。彼らはそれほど強固な情報網を築いている。今回もその水面下工作が功を奏し、一時本家本元の米国でさえイラク攻撃に「ノー」を突きつける反戦主義者の登場を許した。米国の友好国分断にも手を貸すことができた。ドイツが同盟国米国を裏切ってイラク攻撃反対を唱えたのはまさにその戦略の成果だという。もっともこうした一連のイラク問題における世界の動きだが、欧州諸国,、中でも英仏独三大老獪国はすでにお見通しだったようである。欧州は米国と違って,地理的にも歴史的にも中近東と近く、これら中近東の国のしたたかさは痛いほど知り尽くしているからだ。それだけに欧州はいざ紛争となれば、単に戦いそして勝ったでは済まされないと思っている。難民問題を含めた戦後の後始末はもとよりテロ再発など深刻な難題と即対峙しなければならないからだ。これらの負担を少しでも軽くし、中近東との関係を和らげるにはどうすればいいか、欧州は熟知している。今回のイラク攻撃もそうで、英国は賛成、ドイツは反対。その中にあってフランスは玉虫色にたち回る。こうして役割分担をすることでどちら(=米国と中近東)にもいい顔をする。欧州の狡猾な生き残り戦術であり、二千年余にわたる欧州史の中で、欧州人が培ったチエで、単純に米英と独仏の確執と括りたがる日本とちと違う深謀遠慮である。恐らく日本人にはこの真似はできまい。無理というものである。 日本は,極東に位置する島国であり、歴史も風土も欧州と異なるからだ。だからといって目前に迫っている緊迫した問題に目をつむり、知らぬふりをしろでは世界の孤児になってしまう。一連の北朝鮮問題がそうで、この問題はどれ一つとって見ても世界と切っても切れない関係にあるからだ。ならばどうすうか。ここは一つ、真剣に北朝鮮問題解決に取り組んでいくしかあるまい。米国もまた今となってはそんな日本を真に切望しているような気がしてならない。

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