クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.21
   ―欧州外交の巧みさ学べ−

 (朝日新聞「私の視点」2003年3月16日付より転載)  

 イラク紛争をめぐって、何を今さら国連安保理による新決議案なのか――。
首をかしげ、いぶかるのは私だけではあるまい。
 米英両国は既に二十万人を超える兵士と戦闘機をイラク周辺国に配置し,攻撃に備えて訓練に余念がない。さらに米国は、戦闘予備軍として中央情報局(CIA)要員や軍のエリート特殊部隊をイラク国内に潜伏させ、北部のクル℃ド人やや南部のシーア派指導者らと接触し、活発な諜報活動を展開しているという。

 そればかりではない。武力行使反対の急先鋒であるフランスやドイツさえも北大西洋条約機構(NATO加盟国として、地中海に空母を派遣、トルコにパトリオット(地対空迎撃ミサイル)を配備したり、アフガニスタンでは対テロ戦争協力を続けたりと、間接的であれ、事実上は米国を支援しているのだ。
 とするとニュ−ヨークでのあの激しいせめぎ合いは、国連という大舞台を借りたサル芝居なのか。そう勘ぐられても仕方がないのではなかろう。

 欧米諸国では政治リーダーが口にする「平和」や「民主」とは、単に民衆の耳をくすぐるリップサービスにすぎない、というのが通説である。今回のイラク問題でもそうだ。米国がイラクの民主化を説いて武力介入を正当化すれば、かたやフランスは平和解決に固執する姿勢を見せつつ、実は水面下で石油や武器の取引絡みの利害むきだしの戦いを展開している。

 欧米諸国の「仲間割れ」はイラク側からすれば分断作戦の成功であり、国連の空転は攻撃に備えるための時間稼ぎになる。
 業を煮やしたのか、米国はフロリダ州北西部で、核爆弾を除いては史上最大規模の新型爆弾の投下実験を行った。敵対するイラクだけでなく、友好国に対しても強大な軍事力を誇示し威嚇して見せたのだ。太平洋戦争末期の一九四五年七月十六日、米ソ英三カ国首脳によるポツダム会談を控えて、初の原子爆弾実験に成功させ,会議を有利に運んだと同じ手口である。

 だが、欧州勢はこうした米国流パーフオーマンスは既にお見通しで,動揺の気配はない。それにしても、今回なぜ独仏、とりわけフランスは拒否権の行使にまで言及しながら、執拗にノーを突き付けたのだろうか。 
 その真意を忖度するに、米国による歯止めの掛からぬ一国覇権主義に「待った」をかけたいという意図があったのではないか。米国の身勝手さは、最近鼻持ちにならないほどエスカレートしており、イラク問題はその高慢さにブレーキを掛ける好機と睨んだのだ。

 折りしもドイツでは総選挙が実施され、イラク戦争不参加を訴えた社民党と反戦色の濃い緑の党との連立政権が辛勝した。フランスはこの機をとらえ、ドイツとタイアップし武力介入反対ののろしを上げたのである。唯一の超大国を向こうに回しての、この抵抗のエネルギーを生み出すものは何なのか。

 一つは第二次世界大戦後、米国の一国支配を旧ソ連が阻止したように、今度は欧州がその役割を担うという使命感だ。半世紀にわたって欧州統合に情熱を掛け、最終的にはユーロという通貨統合をも仕上げて見せた独仏両国の誇りと自信である。

 もう一つは欧州では今も絶対的な影響力を持つ教会もカトリック・プロテスタントともに、イラク武力行使に反対しているという事実だ。ローマ法王は特使をブッシュ米大統領のもとに派遣し再考を促している。
 このしたたかな欧州流外交術! 
 もちろん、歴史も状況も異なる日本のこと、欧州を見習えと言ってもそう簡単にできるものではない。日本には日本流外交があり、とりわけ今回は北朝鮮の核問題や拉致問題がへの対応が微妙に絡んでくる。その外交が対米偏重になるのは止むを得ないし、また正解だった。

 とはいえ,今回目の当たりにした欧州流外交戦略は日本にとって学ぶべき多くのものがある。それだけに今後、少しずつ欧州型にシフトして見るのも一考ではなかろうか。混沌として一向に先の見えない今日だけに。


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