クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.34
   
列車テロで示したEUの結束力
-足並み揃わない日韓の「北」対応策-

 (産経新聞  2004年3月23日「正論」より転載)
  

≪アテネ五輪は厳戒態勢に≫

 スペインのマドリードで、死者二百人余、負傷者千五百人を出す列車爆破テロが起きた。犯人像をめぐっては、さまざまな憶測が飛びかっているが、最有力として浮上しているのは国際テロ組織アルカイーダの関与説である。それにしてもこのテロ、実に用意周到に準備されていることに舌を巻いてしまう。

 なぜなら、テロ実施日を二〇〇一年九月十一日の米同時多発テロから数えてピッタリ「九一一日」と、三月「十一日」に符丁を合わせただけではない。スペイン国会議員選挙の三日前に実行し、直後イラク戦争で米国に積極的に協力したことを理由に犯行声明を出し、現政権を敗北に追い込んでしまった。

 イラク戦争後、初の欧州テロ上陸が行われたことにより、次の標的は今夏開催のアテネ・オリンピックではないか−との風評が広がっている。あわてたギリシャ政府は、三十二年前(一九七二年)にミュンヘン・オリンピックで、パレスチナゲリラがイスラエル選手を殺害するという事件を想起したのであろうか、「開催中、北大西洋条約機構(NATO)軍を出動させ、空・陸・海からテロ監視に当たる」と公表したほどだ。

 ≪抗議デモに参加した要人≫

 ところで、イラク戦争といえば欧州は賛成派と反対派で真っ二つに割れた。欧州連合(EU)といえども、決して一枚岩でないことを知らしめるに十分な出来事で、一時はどうなることかと、世界中が固唾(かたず)をのんで見守っていたものだ。今回のスペイン爆破テロでは、本来なら、反対に回った独仏は、それみたことか−と嫌みの一つもいいたくなる立場にある。

 だがそうはしなかった。逆に二十一世紀の幕開けとともに対峙(たいじ)することになった国際テロ組織対国家の戦争における国家の決意の固さ、近隣諸国との連帯意識の強靱(きょうじん)さ、そして同盟国の結束力を世界に誇示してみせた。

 仏・伊・独の政府要人が現場に駆けつけ、そぼ降る雨のなか、市民の先頭に立って抗議デモに参加した。また、事件直後にはEU加盟国の全公的機関で国旗を半旗にし、十五日正午には欧州市民全員が黙祷(もくとう)をささげることを決めたのもそうだ。

 また、このときとばかり彼ら要人は、メディアを縦横無尽に駆使し、声を大にして「テロは世界中どこでも発生する。テロに屈してはならない。団結して戦おう」と呼びかけもしている。

 ≪姑息な相手に翻弄されるな≫

 一方、極東アジアに目を向けるとどうだろう。アジア周辺諸国でも、北朝鮮というテロの火種を抱えているというのに、お世辞にも、欧州のようにテロと真正面に対峙し、テロ撲滅のために決死的覚悟で戦う気概がみられない。

 むろん欧州では、仏や独の一部のように、公立学校でイスラム教徒のシンボルである女子のスカーフ着用を禁止するまでに、市民サイドでの文化摩擦が深刻化している国もある。極東アジアはこれと異なっており、テロに対する危機意識が希薄になるのはしかたがない。

 とはいえ、北朝鮮による国ぐるみのテロも、決して見逃すことのできない重要課題である。なのに周辺諸国、とりわけ分断国家の一方の主役であるはずの韓国の腰が引けて、足並みが揃わないのだ。核や拉致事件で、日本はEUとも連携して国連人権委員会で、拉致問題を含む北朝鮮の人権状況を非難する決議案を、共同提出する方針を固めているにも拘わらず、韓国は棄権する方針を固めている。

 そればかりか、韓国議会では日本統治時代の反民族的行為を追及し、断罪する「親日・反民族行為糾明特別法」を成立させたり、意図的に竹島問題を取り上げ、日韓を中心とした周辺諸国による結束の機運をそいでさえいる。確かに、韓国にとって北朝鮮の民は同じ血の通った民族で、過去のしがらみがあり、その分日本にシビアであろうとするのは分からないではない。

 かつての東ドイツのように、北朝鮮も体制崩壊を目前に、日増しに危機感を募らせ、水面下で反日的韓国扇動工作を熾烈化させ、日韓の分断画策をしている。だが、相手は全く対話の通じないテロ国家なのである。日韓の過去に拘泥する余り、姑息な相手の手段に翻弄(ほんろう)されてはならない。テロ糾弾の手を緩めては、あとで取り返しがつかなくなる。国際テロにスキを与えるばかりか、テロと戦う国からは「テロ国家支援」と誤解されて孤立しかねないからだ。

 日韓両国ともに、本気で手を携えて北朝鮮によるテロ撲滅に乗り出すべきであろう。「大同小異」という言葉を実践すべきときである。


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