クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.41
   
「北」はベルリンの壁崩壊直前と同じ状況
−日本はいかなる役割果たすべきかー


 (産経新聞  2004年12月11日「正論」より転載)
  

≪発見した三つもの偶然≫


今回平壌で開催された第三回日朝実務者協議だが、さまざまな見解、とりわけマイナス観測が飛び交う中で、私はむしろこの協議こそ、一歩前進し明るい兆しが見えるターニングポイントになったと解釈している。 

なぜかというと、最初に符牒を合わせると断わった上でのことだが、実は今回奇しくも三つの偶然を発見したからである

一つはあの協議開催十一月九日で、この日は、「ベルリンの壁」が崩壊し、今年ちょうど一五年目にあたる年なのである。そこでドイツでは首都ベルリンを中心に各地で粛々と記念式典が開催された。この歓喜がどのようなものであったか。私は当時のあの熱い感動を今も、鮮やかに思い出すことが出来る。ハンガリーとオーストリアの首相が両国の国境を遮っていた有刺鉄線の一部にはさみを入れ撤廃したのは一九八九年五月二日のこと。これをきっかけに、東ドイツ人によるわれ先にと先を争うエクソダス=西脱出が始まった。
抑圧された民衆の自由への希求がこのような行動へと駆り立てたのである。
その記念すべき一五年目の十一月九日、日本代表団は平壌入りし協議に入った。 

二つは当初、四日間の予定だった協議が長引き、二日間延長して代表団一行が帰国した十一月一五日。この日は当時十三歳だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された日。日本側は、外務省の藪中三十二アジア大洋州局長を団長に、警察庁の外事課長、鑑識担当者を加え総勢約二十人で、用意周到に準備し夜を徹して協議に臨み奮闘した。 にもかかわらず、過去二回の協議とさして変わりなく、情報を小出しにする北朝鮮に翻弄される形となってしまった。 

≪ドイツ分断した28年間の罪≫

肝心のめぐみさんについても、北朝鮮から持ち帰った生徒手帳やメモ類はさておき、「死亡の物証」である「遺骨」は粉砕され鑑定困難だし、面会しためぐみさんの夫と伝えられる人物についても、血液採取やDNA鑑定用の毛髪の提出を拒否するなど、日本側の要求に何一つ誠意ある回答を寄こさなかった。 これには流石、関係者はもちろんのこと、国民も呆れ失望し、これまで以上に北への不信を増幅してしまった。 

これに呼応するかのように、さっそく、国サイドでは、先の通常国会で成立した改正外為法と特定船舶入港禁止法をベースに、北朝鮮に対する貿易や送金の経由地とみられる香港などで神妙に調査した上、詳細な経済制裁プランを練り、その発動を急ぐことにするという。 
ようやく日本国民も、本気で怒り、立ち上がり始めたのだ。 

いやまだ一つある。 
「ベルリンの壁」が構築されたのは一九六一年八月十三日、以後「壁」は、二八年間にわたって東西の国境に横たわりドイツの人々を苦しめた。 ところが何と来たる年十一月一五日とは、めぐみさんが新潟の海岸で拉致されてちょうど二八年目にあたるのだ。

とすると、これはあくまでも希望的予測にすぎないのだが、もしかすると、「ベルリンの壁」崩壊と同様、二八年目の来年、いよいよ朝鮮半島分断の歴史に終止符が打たれるのではなかろうか。そして再会の日を待ち続けている横田さん一家の下にめぐみさんが元気な姿をみせ突如現れるのではあるまいか。 

≪ブッシュからの激励サイン≫

なぜこのような考えに至ったかというと、このところ北朝鮮では、一五年前の東西ドイツ壁崩壊直前そうであったように、まるで沈没しかかっている船からネズミが逃げ出すように、軍の幹部やら大物が次々と亡命を図っており、北の崩壊は時間の問題といわれはじめているからだ。 しかも、ブッシュ大統領再選を機に、今後その傾向にますます拍車が掛かる。理由は、まずブッシュは再選前、「拉致問題などの実質的な進展がない限りは人道支援以外の援助を禁止する」とした北朝鮮人権法に署名した。

次に穏健派の国務長官パウエル後任人事に「スーパー保守」の異名をとるライス大統領補佐官を抜擢した。彼女はその異名にふさわしく、今後世界外交において北朝鮮を含め極めて強硬な政策を打ち出すに違いない。 

もっともブッシュだが、その真意を忖度すると、「米国はかくも日本の北朝鮮外交に便宜を図ってきた。この先は日本の出番。ドイツがあの『壁』崩壊一年目にして見事に東西ドイツ統一を達成したように、日本よ、朝鮮統一達成に、『ルビコン』を渡る気持ちで、一肌脱げ」と、激励サインを送り背中を押している。どうもそんな気がしてならないのだ。 

ラッキーなことに現時点ではブッシュ大統領と小泉総理の関係は戦後かつてないほど良好である。 このことがいかに日本外交に有利に働いているか。この絶好のチャンスを逃す手はない。
ここは一つ日本国民、小泉首相ともども、拉致された日本人を含め、虐げられている北朝鮮国民の解放、その独裁体制崩壊に、私たち日本人は真摯に対峙し手を貸すべきである

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